monologue : Project K.

Project K

或る三人の肖像

「これで、俺の話は終わり」
「……で、それが何だって言うの? 今の私とどういう関係があるわけ?」
「まあ、落ち着いてゆっくり考えてみなよ。今の君といくつか、符号するところがあるような気がするだろ?」

隣の席に座ったどうしようもなく頭の悪い男のせいで、私の深酒は進む一方だった。どうしようもなく頭の悪い男の、どこかで聞いたような陳腐な例え話。アルコールも適度に控えよう、なんて、つい先週末だったか自分に誓ったばかりだというのに。頭の悪い男と酒なんて飲みに来るんじゃなかった。

「あんたなんかに相談なんてするんじゃなかった」
「なんでよ、俺、割に的確な答え返してるでしょ? キャッチボールだよ、会話ってのは。俺が返したら、今度は君が返してくれなきゃ」
「……何がキャッチボールよ、能無しが」
「ん? 何て?」

わざと聞こえないように小声で罵る。こんな男に、彼氏とその元彼女で現二号とのことなんて相談するんじゃなかった。面倒な恋煩い相談を安請け合いする連中なんて、ただ酒か思わぬハプニングに期待するような頭の悪いのしかいないんだ。そんなこと、もう五年も六年も前から薄々わかっていたことなのに。わかっていたことなのに、それでも藁にすがってしまった。

「結局弱いってことよ、どれだけ強がっても」
「そう、人間誰も弱いんだよ。俺や君だってね」
「あんたのことなんてどうでもいいのよ。彼氏と二号は強いわよ、あれだけ鈍感なんだから」
「言うねえ。結構酔いが回ってきたかな?」

もう本当に、どうでも良かった。明日か明後日になればもう少しマシな考え方ができるのかも知れないが、今のこの焦燥感といったらやりようがない。深酒に身を任せて時間を浪費して、後から振り返ったときになかったことにできるくらいの嫌な思い出くらいだったら、いくら積み重ねてやってもいいから、とにかく今救われたい。

「しっかし、三角関係なんてスリリングで堪らないね。君の彼氏と元恋人は大した心臓持ってる」

もう面倒くさい、というフレーズがずっと頭をめぐっている。全部言ってやるわよ、と、私の中の誰かが言う。

「あんただって外野面してられないわよ。この後酔った私をホテルに連れ込むかも知れないし、今日のことが何かの縁になって、なんて気持ち悪い話だってあり得るわ」

けれど、その頭の悪い男は私の話に耳など貸していなかった。

「三角関係。三角ってのは面白い、図形の中で一番シンプルだ。最も少ない角と最も少ない辺で作られてて。それに比べると、なあ、一対一の関係ってなんて不安定で危なげなんだろうな」
「……何の話?」
「例えば今の君と俺は、この居酒屋の中で二人だ。二つの点だ。関係性は直線だ。もう一人いればともかく、二人っきりじゃ面積を持つ図形を作れない、客観的に俺たちを認識することができない」

頭のイカれた頭の悪い男、なんて。

「三角形からひとつ角を取ってみろよ。もう図形じゃなくなっちまうだろ。君は三角関係を気に病んで俺に相談したけど、本当はその状態を割に楽しんでるはずだ。なぜって、二人っきりじゃ関係性についての不安が拭えないからだ。もう一人いれば、彼氏と君の恋人関係が元彼女に認識されてクリアになる。三角が君にとって必要な図形なんだ」
「……あんたの方がよっぽど飲んでるのね」
「君は、去年も俺に三角関係の相談をした。憶えてないかい?」

彼が、指をぱちんと鳴らす。途端に、私たち以外の客と店員がふっと消え失せてしまった。

「無人島に二人で残されたとき、片方が蒸発しちまったらもう片方はどうする? 気が触れておかしくなるか? 自分が生きていることを証明してくれる誰かがいなくなっても、まだ生きているなんて胸を張れるか?」
「……ちょっと、何なのよ、これ」
「今俺が蒸発したら、君はどうする? 元彼女がいなくなったところで、彼氏とまたうまくやれるかい?」

彼がもう一度指を鳴らし、姿を消す。今度は私以外の誰も視界に入らなくなってしまった。

暗転。

「……よし」

三角と聞いて単純に三角関係の痴情のもつれしか書けないなんて、そりゃどこへ行っても芽なんて出るはずもない。痛切な批判を投げかけて尻を叩く、なんて、よほど暇か愛情でも持ってなけりゃできることでもない。

「今度は、お眼鏡に叶うかな」

新しい脚本には少し哲学的というか、思想的というか、言葉遊び程度の問いかけを仕込んだ。複雑なようでありきたりの三角関係より、少し高尚ぶった演劇の方が受けがいいんだろうし、主演候補の彼女としたってハクがつくような気にでもなるだろう。わかりやすい程度に難解な方が、呼び込みやすく取り込みやすい。自分の創造力と商業戦略を自賛しているところへ、誰かがインターホンを鳴らした。恐らく僕の恋人、次の舞台の主演候補。

「やあ、待ってたよ。今、こないだの手直しが終わったところでさ。まあ上がってよ」

手招く僕へ、彼女が戸惑いの表情を投げかける。

「……どうかした?」
「あのね」

彼女の胸元に光る、小さな三角形のペンダント。

「話したいことがあるの。実はね」

それは暗示か、比喩か。三角形のペンダント。

暗転。

「まあ、こんなもんだろ」

編集と音響がなかなか効果的で、新しいショートフィルムは結構良く出来たものになった。企画と脚本と編集の一部と演出と監督は僕なわけだから、確かにこれは自画自賛なのだけれども。

「どう? 見せて見せて」

モニタを覗き込む僕をどこかへ押しやりそうな勢いで、ショートヘアの新人が同じ椅子へ無理やり腰掛ける。今作からスタッフに加わった彼女の音響制作はなかなかの腕前だと、これもまた僕にとっては自賛ということになるのだろうけれど。

「へー、ここでこうなるのね」

映像を進めたり戻したりしながら、彼女が感心のため息をつく。

椅子から押し出されそうになりながら僕は、隣に座る彼女の体温を感じる。至近距離にある横顔を見つめながら、華奢な肩へ手を伸ばそうかどうか、時間の問題に頭を悩ませている。そのとき掴んだ僕の手は、どのような三角形を、誰と描くのか。

Fin.

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.