monologue : Other Stories.

Other Stories

長い長い手紙 : 1/12

もう春も終わり、日差しは夏のそれへ変わってきていた。新入社員たちもようやく仕事に慣れたようで、一人前とはいかなくてもまあ使える程度にはなっていた。

「佐藤、池田運輸の常務に午後三時電話!」
「長谷川、備品のチェック表総務課に提出大至急!」

不景気とはいえ仕事は仕事で、給料が減ろうが忙しさは変わらない。僕の日々は無味さを増していき、華やかさなんてとっくに薄れきっていた。一流企業だろうがキャリア組だろうが、社会なんてそんなものなのだろう。

「猪原、会計と必要経費の照会と報告書!」
「木下、外回りついてこい!」

自分の日々にはこれ以上変化がないと思ったし、それでいいとも思った。三十を過ぎても家庭を持たないことに母は不満があるようだったが。

「見合い? まだ早いよ。そんなに焦ってるわけでもない」
「そろそろ身を固めて欲しいの。今どきお見合結婚は珍しくないでしょう?」
「そりゃそうだけど……いいじゃないか、ゆっくり待ってくれても」
「社内結婚なんてガラじゃないでしょ? そういう性格、母さんが一番わかってるわよ」

盆の帰省を相談する電話口で母が言った。彼女は最後に、こっちで目星をつけとくからね、とも言った。ずっと昔からそういう、機敏な性格の人なのだ。

「見合いのために帰省するのか……」

確かに、僕の性格からすると社内結婚はないかも知れない。街角で運命の出会いを見つける、なんて信じてる歳でもない。そろそろ潮時なのかも知れないな……。なんて考える僕もまた僕らしくなかった。

気がつけばあっという間に数ヶ月が過ぎ、暑い夏を迎えていた。

僕はおとなしく帰省することに決めていた。……つまり、おとなしく見合いをすることに。腹をくくったとか観念したとか、そんなたいそうなものでもない。ただ、自分を納得させるだけの相手が見つけられなかっただけの話だ。やっぱり運命なんて、そこらに転がってるわけじゃなさそうだ。

「っと、携帯忘れるところだった」

荷物をまとめ、部屋を出かかって気付いた。しばらくこのアパートともお別れだ。クーラーの効かないぼろぼろの部屋と。蝉の合唱は別れの歌に聞こえた。

「よし、忘れ物は、っと」

もう一度部屋を出かかったとき、郵便受けの中に忘れ物があるのに気がついた。

「あれ、今朝はなかったよな」

新聞を取り入れたときには見落としていたのだろうか。中には真っ白な封書が一通入っていた。差出人の名前はない。

「……なんだこりゃ?」

蝉の合唱は続いていたが、別れの歌というわけでもなさそうだった。

まさかこの手紙が僕の盆休みを食いつぶす、長い長い手紙になるとは思いもよらなかった。

To be continued

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