monologue : Other Stories.

Other Stories

長い長い手紙 : 4/12

「あ、運転手さん、そこ右行って……すぐ公園があるから、そこで降ろして」

僕は家を出るとタクシーを拾い、彼女……池脇千佳子の家へ向かった。彼女の住所は、僕らの通っていた高校のすぐ近くだった。

「この辺だな……三ノ輪町、三丁目」

なぜ彼女のところを訪れる気になったのか、はっきりした考えはなかった。どうしてあんな奇妙な手紙をよこしたのか気になっただけかも知れない。それとも、本当は心の奥底で帰省と見合いを嫌がっているか。どちらにしろ今の僕は好奇心の塊のようだった。

「あまり覚えがないな。池脇……どんな子だっけ?」

番地をあてにうろうろしながらつぶやく。僕とどんな接点のあった子なんだろう?

「池脇……池脇……」

なかなか見つからない。公園の近くに番地の書かれた地図があるから、簡単にたどり着けるはずなのだが。どこを探しても "池脇" と書かれた表札は見つからなかった。

「……あれぇ、おかしいな」

彼女の家の番地を、地図をたよりに歩くと必ずここへたどり着く。公園から東、大通り沿いに四軒目、レンガ造りの "柿ノ木" さん宅。他にどこを探しても "池脇" の表札は見当たらなかった。

「……引っ越しちまったのかなあ」
「あんた、そこで何しとるだね?」

何度も往来をうろつく僕を不審に思ったのか、近所のおばさんが僕に声をかけた。

「あー、その……池脇さんのお宅を探してるんですが」
「池脇? どちらの池脇さん? 昔はここいらに三軒はあったもんだで」
「えーと、僕と同い年くらいの……十年前くらいに高校生の女の子のいた」
「ああ、あんた千佳子ちゃんの友達かぇ?」

おばさんはなまりのきついしゃべり方だったが、初対面の相手にも好意的な人物のようだった。そして、僕の探している "池脇" さんを知っているようだった。

「そうです、千佳子ちゃんに用があって」
「ほいでも残念だねぇ、千佳子ちゃんはもうここにはおらんよ」
「……もしかして引っ越しされたんですか?」
「それがねぇ、亭主の浮気が原因で離婚したらしいのよ」
「へ?」

思わず間の抜けた声を出してしまった。離婚が原因でここにいない、ということは……。

「あの、ご両親のどちらが引き取られたかわかります? 千佳子ちゃん」
「お母さんの方じゃないかねぇ」

最悪だ。もしそうだとしたら名字まで変わってるんじゃないか? だとしたら、今の名前もわからない、今の住所もわからない……。

「どこへ越していったかわかりますか?」
「ちょっとねぇ。逃げるように引っ越していったからねぇ」

やっぱりか、と僕は思わずため息をついた。

「その、ありがとうございます」
「どういたしまして。千佳子ちゃんに何の用だったんだい?」
「用? あ、ああ。用事ですか。えっとですね」
「十年も経って訪ねるってことはあれかい? 昔のあの子が忘れられなくて」
「同窓会です。同窓会の出欠連絡が彼女だけ来なくて、直接伺いに」

とっさにしてはよくできた言い訳だった。興味本位でにやけた顔をしていたおばさんは、急にまじめな顔に戻った。

「なんだ変な人だねぇ、それなら担任の先生にでも言えばいいだろうに」
「……あ、そうか」

また思わず間の抜けた声を出して振り返った。そこには、懐かしい我が母校が西日を浴びてそびえ立っていた。

To be continued

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.