monologue : Other Stories.

Other Stories

僕と彼女と

どうして、こんなことになってしまったのだろう。

「だからね、私たち、きっと何か誤解があったと思うの」

どうして、こんなことになってしまったのだろう。これと全く同じ文句を、僕は三ヶ月くらい前にも頭に思い浮かべた。

ちょうど今日から三ヶ月前、僕は二年の付き合いの恋人に振られた。一方的な通達だけ下されたような感じで、彼女は言い訳も議論もせずにいなくなった。どうして、こんなことになってしまったのだろう。僕はそう思った。

「私、物凄く後悔してるわ。早合点過ぎたもの」

ちょうど僕が振られて三ヶ月後、彼女は突然復縁を申し出た。三ヶ月間全く音信不通の状態だった彼女が、突然猫なで声で電話なんかよこしたときには、何か悪巧みでもしてるんじゃないかと疑ったほどだ。どうして、こんなことになってしまったのだろう。

「ねえ、聞いてる? 反省してるの。もう一度やり直したいのよ」

ちょうど半月、事態を飲み込むのにそれだけかかった。

僕も彼女もいい歳だし、結婚を期待する両親に、遠まわしに事情を説明するのには骨が折れた。一方的に振られました、原因も不明です、なんて、何もかも正直に話してしまうわけにもいかない。

人生観の違い、つまり結局はこれ一点張りに終始したのだけれど。

「あなたと私、あんなにもうまくいってたじゃない」

怒濤の半月が過ぎて一ヵ月後、街で偶然、古い友人に出くわした。僕の田舎はここから結構な距離にあるので、思いもかけない再会に二人とも大騒ぎした。

それから何度か連絡を取り、食事に出かけたり、映画に出かけたり……それとなく、その同郷の女性と親密になっていった。

「ねえ、聞いてる?」

前の恋人と別れたのはこのためで、僕はもしかしたら彼女と幸せな将来を築く運命だったのか、なんてことも考えたりした。

「聞いてるの?」

そう、今目の前にいる彼女、彼女との別れがことの発端で、僕らは出会って……。

「真剣に聞いてちょうだい。私、あなたとやり直したいの。あなたのことが忘れられないのよ」

どうして、こんなことになってしまったのだろう? 近所の喫茶店に呼び出されて、もう三十分近くになる。

「確かにあなたを振ったけれど、あれからずっと頭から離れなかったの」
「君が、僕のことを?」
「そう、あなたのことを。忘れようとしても忘れられなかった」

周囲の客が、僕らを盗み見る。店員も、雑務に紛れながら僕らを見ている。

「お願い、私は真剣なの。もう一度だけチャンスをちょうだい」

ついに彼女は涙を流し、鞄から手早くハンカチを取り出すと、それで顔の半分くらいを覆って机に突っ伏した。女性店員が僕をにらみつけている気がする。こんなところで女を泣かせるなんて、どういう男なのかしら、とでも思っているだろうか。

「あの、さ」

我ながら弱々しい声。

「じゃあ、ひとつだけ聞きたいんだけど」

彼女が無言で顔を上げ、目だけが僕の顔の方を向く。

「どうして三ヶ月前、あんな台詞を?」

僕がそう口にした瞬間、大きな大きな声が響いた。

「カット、カット!」

客と店員がため息を交えながら僕を見る。またやってしまった。

「おい、これで三回目じゃないか。『三ヶ月前』じゃなくて『五ヶ月前』だろう」
「すみません、ついうっかりしてて……」

監督に平謝りしながら、向かいの席に座った彼女の顔に目をやる。

彼女に一方的に振られたことは克服したものの、まさかそれに類似した脚本で映画を、しかも共演が彼女で、なんて、想像もしていなかった事態だった。ため息をつきながら、彼女が煙草を取り出して火をつける。

「もう、同じ台詞ばっかりでうんざり」

すぐ灰皿に煙草を押し付けながら、小さい声で一言。

「全く、どれだけ恥かかせてくれれば気が済むのかしら」

じりじりと押し潰される火を見ながら、それと自分自身の現状を重ね合わせながら、僕も彼女より小さい声で一言。

「お互い様だよ、全く」

Fin.

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