monologue : Other Stories.

Other Stories

流行りの言葉

「えっと、その」

さすがに緊張する。台本のようなものはあるけれど、NG は決して許されないのだから。

「一緒に、暮らすことにしないか」
「え?」
「え? いや、ええと」

失敗か。向かいの席に座った彼女は、何が何だかわからない、という表情をしている。右手に隠し持ったメモを盗み見る。だめだったなら、次の候補を使うまでだ。

「君の、ご両親の面倒を見させてほしい」
「うちの両親? 介護に興味があったんだっけ?」
「え、うーん……介護っていうか」

これもだめか。隣の席の客たちが、何事かと僕らを見る。喫茶店なんかをプロポーズの場にするなんて、絶対間違いだった。右手のメモに目をやる。

数日前、友人からあるサイトの話を聞いた。"求婚方法指南所" というそのサイトは、その名の通り、プロポーズに関するアドバイスをくれるところだった。といってもそれは占いレベルの仕掛けで、いくつかの選択肢を埋めていくと、自動で答えが算出されるプログラムなのだけど。

そこで示された答えが、今僕の右手にあるメモに書かれているわけだ。

「三食一緒に食べるのも悪くない、かな」
「さっき昼食べたばかりじゃない。今日の夕飯と、明日の朝食?」

なかなか的を射ているもので、若い女性に密かに人気。なんて文句を聞いたのだけど。どうにも彼女との会話が噛み合わない。席を立ち、トイレに駆け込み、あのサイトを教えてくれた友人のところへ電話をかける。

「……おい! 全然だめだ。指示通りにやってるのにうまくいかない」
「もしかしてお前、選択肢間違えてたんじゃないか?」
「なんだって?」
「確認するから、ちょっと教えてみろよ。何選んだんだ?」
「タイプ 1 がおしとやかタイプ、タイプ 2 が家庭タイプ、だよ」
「おしとやか……家庭タイプ、と。うわ、恥ずかしい台詞ばっかだな」

電話の向こうで友人は、実際にそのサイトを見ているようだった。彼の笑い声が電話から聞こえてきて、なぜか僕は赤面していくのがわかった。

「だめだわこりゃ、今時こんなのに引っかかる女なんていない」
「だって、実際彼女はおしとやかだし、家庭的で手料理なんかも」
「わかったわかった。……よし、俺の言う通りにしろ。きっとうまくいくから」

渋々ながら彼のアドバイスに従い、僕は彼女の待つ席に戻った。

「おかえり」
「あ、うん。大事な話があるから聞いてくれる?」
「うん。なに?」

ごくりと唾を飲み込む。今度こそ、うまくいくはずだ。

「これ、受け取って欲しいんだ」

僕は小さな小箱を差し出して、中が見えるように彼女に向けて開けてみせる。

「これ……!」
「……婚約指輪」

彼女はすぐに笑顔になり、少し泣きながら、嬉しい、ありがとう、と言ってくれた。友人のアドバイスが的確だったためか、僕はプロポーズをすることに成功した。

「おい、やったよ」

その日の夜、また友人に電話をかけ、今日あったことの報告をする。彼も自分のことのように喜び、僕の新しい人生を祝福してくれた。

「ありがとう、やっぱり持つべきものは友達だよ」
「いやいや、俺は何もしてないんだから」
「何言ってるんだよ。あんな見事なアドバイスをくれたじゃないか」
「いや、その、実は、ってわけでもないんだけど」
「? どうかしたのか?」
「あれ、俺のアドバイスじゃないんだよね」

少し決まりの悪そうに笑う彼の声。

「……? じゃ、誰の?」
「求婚方法指南所。あのサイトのアドバイス」
「何だって? だって、あれ、どの台詞も役に立たなくて」
「まあ、まあ落ち着いて聞けよ。本当なんだ。お前から電話を受けながら、俺が勝手にプログラムでアドバイスを引き出したんだ」
「どういうことだよ、だって最初、彼女はあの台詞には」

少し間を置いて、小さなため息のようなものが聞こえる。

「お前、タイプ 1 がおしとやか、タイプ 2 が家庭、だったよな?」
「それがどうかしたのか?」
「そうじゃないんだ」

また少し間が空く。

僕は何となく話が飲み込めてきた。要するに、僕の選択が間違っていただけで、あのプログラムが間違っていたわけではない。彼が正しい選択をして正しい答えを引き出し、それを僕に教えた。と、彼はそう言いたいんだろう。

「じゃ、聞くけど」
「ああ」
「何を選んであの答えに?」

少しの間。

「タイプ 1 が、猫かぶりタイプ。タイプ 2 が、放蕩タイプ」
「…………」

彼のめちゃくちゃな選択はともかく、それによって導き出された方法を受け入れた彼女に、僕は少しながら幻滅しているようだった。

「やっぱり、間違いだよそのプログラム」

僕に言える精一杯の台詞はそれだけだった。

Fin.

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