monologue : Same Old Story.

Same Old Story

雪山の約束

「寝るんじゃない! 起きるんだ!」
「……ん」

彼女の頬をたたく。山小屋の外は、相変わらず吹雪のようだ。

「頼むから、頼むから起きてくれ!」
「…………」

彼女を連れてくるべきじゃなかった。冬の山になんか登るんじゃなかった。何を考えてみても現実は残酷で、横たわった彼女は確実に力を失いつつあった。

彼女がつぶやいた。

「……ごめんね」
「何謝ってるんだよ」
「もう、だめかも知れないよ……」
「そんなことはない。二人とも助かる」
「……ごめん」
「目を開けるんだ……お願いだから」
「……もう……」

彼女の言葉に、もはや力はこもっていない。

「山を下りたら、二人で旅行に行こう」
「……ええ」
「二人で遠くまで足を伸ばそう。一年くらいかかってもいい」
「…………」
「そうだ、新婚旅行だ。山を下りたら結婚してほしい」
「……あり……がと」

そう言って彼女はうっすらと笑みを浮かべた。僕は彼女が眠ってしまわないように、夜通しで彼女に語りかけた。

やがて夜が明けた。あまりにも希望的観測過ぎるかと思っていたのだが、朝になると吹雪はすっかり止んでいた。さらに、一時間もしないうちに救助隊がかけつけ、僕らは死の恐怖から開放された。

救助の二日後に僕は、肺炎で入院している彼女の見舞に行った。僕も彼女も命に別状はなく、肺炎と言っても軽いものらしい。念のため様子見で入院しているのだという。

「体の調子は?」

問いかける僕に、彼女は笑顔を返した。

「生きて帰ってこれたんだもの、これくらいどうってことないわ」
「それはよかった」

持ってきた花を生ける僕を見ながら、彼女が言う。

「あなたがいてくれたから生きられたんだと思うわ」
「え?」
「あの夜、あなたが私に話しかけ続けてくれたから……」
「ああ……そのことについてなんだけど」

僕はベッドの隣の椅子に腰掛け、正面から彼女と向かい合った。

「僕が話してたことで、その……」
「結婚の話?」

僕は胸の内を見透かされたようで驚いた。

「あ、……ああ」
「ふふっ、わかってるわ。あれは私を勇気づけようとしてくれたんでしょ?」
「……ええ、と」
「それは、確かに嬉しかったけど」
「……その」
「今になって『さあ結婚しろ』なんて言わないわ」

そう言って彼女は窓の外を見た。僕は、後手に持ったケースをいつ彼女に見せるべきかと悩んだ。中には、僕と彼女のイニシャルの入った結婚指輪が一組。

彼女は窓の外を見たまま、小さく笑った。

Fin.

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