monologue : Same Old Story.

Same Old Story

偽装

「いいか、一、二の三で投げるぞ」

マスターが僕に小声でささやく。

「一、二の……三っ」

大きく反動をつけた後で、黒色の寝袋は僕らの手から離れた。それは思ったより遠く飛び、やがて夜の海に吸い込まれていった。僕らは崖の上からそれを見守った。

「よくやった」

マスターが僕に言う。

「あまり気にするな。すぐに全てがうまくいくようになるさ」

彼とは二年ほどの付き合いだ。と言ってもそれはバーの店主と客という範疇で、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。

「偽装結婚しないか」

彼が半年前に僕に言ったセリフだ。海外から出稼ぎに来ている女のビザが切れるから、僕の嫁という名義で日本に滞在させてやりたいと思っている。もちろん見返りは存分にする。彼はそう言った。

「悪かったな、手間をかけさせて」

またマスターがささやいた。彼は、僕が偽装結婚を受け入れた五か月後……つまり先月、今度は彼女を殺す計画を持ち掛けた。

「偽装保険金殺人、とでも言うのか」

彼は綿密な計画を既にたてていて、僕にそれを断る余地はなかった。断れば不法滞在の片棒をかついだと密告する、と僕を脅して……結果、今夜僕は彼女を海に捨てるはめになった。

「本当にすまなかった……金はすぐに届くから、あとの心配はしなくていい」

やがて彼の言う通り保険金が手に入った。膨大な額に少し戸惑ったが、やがてそれにも慣れた。

三か月後、マスターが僕を訪ねてきた。

「やあ、今日はお前に会わせたい人がいてな……おい」
「…………!?」

彼の呼び掛けに応えて現れたのは、僕が捨てたはずの彼女だった。マスターに殺され、僕が投げ捨てたはずの。

「実はそういうことなんだよ」

何が "そういうこと" なのかわからなかった僕は、マスターにそれを尋ねた。

「偽装殺人、って言ったろ?保険会社をだますための偽装だったんだよ、今までのことは」

ああそうか、と納得する僕に、彼は続けてこう言った。

「今度はお前の番だ」
「僕の番?……ああ、偽装殺人か」
「今度は、保険金は俺のところに入る予定だ」

どうせ偽装なんだろ、と鼻で笑う僕に向けて、マスターは拳銃を構えた。やがて偽物とは思えないほどリアルな銃声が部屋に響き、僕の記憶も思考も、物欲も全てそこで途切れた。

Fin.

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