monologue : Same Old Story.

Same Old Story

認証

「認証用 ID カードをセットしてください」

若い女性のナビゲーションが、身分証明の提示を要求する。と言ってもコンピュータの合成音声だから、若い女性という表現で正しいのかどうかは知らないが。

「ID カード、っと……」

僕はカードを探してポケットの中を探った。

21 世紀の半ば頃から、この市の市民は一切の身分証明手続きが必要なくなった。求められたときに ID カードを提示すれば、コンピュータが自動で照会してくれるからだ。今どき、運転免許証だの社員証だのを持ち歩くのは時代遅れだ。

「あれ、カードどこにやったっけ」

僕はズボンのポケットを探りきった後、上着のポケットと鞄にも手を突っ込んだ。ない。どこにも。コンピュータが合成音声で再要求する。

「認証用 ID カードをセットしてください」
「……どこかで落としたのかな」

ID カードを落としてしまうとは、僕もうっかりしていた。あれが人の手に渡ると僕の身分が証明されないばかりか、他人が僕だということになってしまう。急いで使用停止の手続きを取らなきゃ。幸い、この端末からもホストコンピュータにはアクセス可能なはずだ。

「ID 認証用パス……利用停止の手続きを行う際は登録時のパスを入力してください」

舌を噛みそうな文章をコンピュータが読み上げる。ID カードを落としたことはマズかったけれど、今ここで利用停止と新規発行の手続きを行えばいい。誰かに悪用されたりする前に気付いてよかったというものだ。

「ID 認証用パス……氏名と登録コードを入力してください」
「ハイハイ、ちょっと待って……」

コンピュータと向かい合った僕は、額に妙な汗が流れるのを感じた。氏名と登録コードだって? そんなもの、前に入力したのはいつだっけ……。

いったい、僕の名前は何だったっけ?

Fin.

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