monologue : Same Old Story.

Same Old Story

百夜一夜

「あれ」

ふと目を覚ますと、僕は薄暗い部屋にいた。

「いつから寝てたんだっけ」

頭をさすり、自分がいつからここにいたのか思い出そうとする。確か、僕は……。

「ん、声……が出なくなったんじゃなかったっけ?」

声は出ている。が、確かにそんな覚えもある。彼女からメールがきて、それで迎えに……。

「……?」

違う、そうじゃない。確か認証用 ID のパスが、いや、違う。どんどん記憶がなくなる症状……結婚式に親父が?……違う、向かいのホームに彼女の姿が……?

「あれ、なんだっけ」

あたりを見まわす。ベッドの頭側に、妙な装置があるのに気付いて思い出した。

「……あ、臨床体験してたんだったか」

この装置は数年前に開発された娯楽装置で、眠っている間に他人の人生が体験できる、という代物だ。どうやら僕はたくさんの体験のしすぎで、現実との区別が曖昧になっていたらしい。小さなメモリディスプレイには "99" と表示されていた。

「もう 99 も体験したのか……迫力があったな、まるで本当に自分がその人物になったみたいだった」

つぶやいて起き上がり、何か飲み物を探す。

「それにしても」

冷蔵庫から麦茶を取り出す。ペットボトルは二本入っている。

「これだけリアルだと現実と区別がつかなくなりそうだな」

本棚の上には砂時計、その隣には鳥かご。どれも微妙に見覚えがある。

「現実と間違えるくらいの仮想なら、現実と違わないんだろうな」

本棚の中、ボロボロの絵本が目についた。多分あれはピーターパンの物語だろう。

「いや、その逆かも知れないな。仮想の中に生きていて、現実だと思い込んでるのかも知れない」

一瞬、いろいろなことが頭をよぎった気がした。僕が体験した、99 の人生の記憶だろうか。

「……まさかな。娯楽装置相手に何を真剣になってるんだか」

装置に目をやる。その瞬間「カシリ」と音がして、メモリディスプレイの表示は "100" になった。

Fin.

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