monologue : Same Old Story.

Same Old Story

雪景色

「ねぇ、五年後のこの場所で、また雪が降ったら結婚してあげる」

大学卒業を控えた年末の里帰り、電車の中で僕は、懐かしいセリフを思い出した。当時付き合っていた子が僕に言った言葉だ。

「若かったな」

そんな約束を真剣に受け止めるくらい、当時の僕らは純粋だった。将来のリアルな生活のことなんて、今朝見た夢の中身程度にしか考えていなかった。気楽なものだ、と今では思う。

「若かった」

電車で都心から数時間、夏には避暑地で有名になる土地に、僕の実家はある。目立った特徴があるわけではないけれど、いつまでも平和なところだと思う。

「ただいま」

軽い荷物と一緒に実家に着いた僕を、母が妙な顔で出迎えた。

「ちょうど今、電話があったとこ」
「僕に?」

そう言って母は僕に走り書きのメモを渡し、不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。

約束 覚えてるなら待ってます

「女の子だけど、名乗らなかったのよ。言えばわかるって」
「……ああ」

恐らく、あのセリフを僕に言った子だ。

「ちょっと出かけてくる。夕飯までには戻るから」

僕は、高校の裏の小さな丘に向かった。五年前の今日、その丘で彼女と約束をした。

(すっかり時効だと思ってたのにな)

その小さな丘の上に、変わらない彼女の姿があった。

「……久しぶり」
「覚えてたんだね」
「もう破棄されたんだと思ってた」

少しぎこちない会話を交わして、僕は彼女の隣に座った。

「だって、約束は約束だもん」

五年前と変わらない若さで彼女が言う。

「そうかな。条件付きの約束だってあるよ」

五年前とは違う表情で僕が言う。彼女は何も言わずに、ただ微笑んだ。

僕らは、もう何年も前に別れた。だからこそ、もう時効なんだと思っていた。若気の至りとさえ言われそうな約束を、彼女が果たそうとしていたなんて意外だった。

「今は何してる?」
「もうすぐ大学卒業」
「その後は?」
「さあ、就職かな」

お互いの現状報告をしながら、僕らは丘の上に何時間もいた。きっとそれを口にすることはしないで、約束をした時間を待っていたんだろう。

「向こうで働くの?」
「まだ何も考えてないな。卒業後のことは」

何時間も待って、夕飯の時間が近付くころ、どちらともなく話すのをやめた。約束の時間が近い。

「……ちょっと寒くなってきたね」
「ああ、時間が時間だから、かな」
「雪、降るかな」
「……さあ」

それから二人とも何も言わなくなって、長く感じる短い時間を、お互い無言で過ごした。空気が冷えて、張り詰めて、約束の時間を待っていた。

雪は、降らなかった。

また無言で少しの時間を過ごした後、先に僕が立ち上がり、小さく伸びをした。

「もうこんな時間だ」

残酷だけれど、そう言わなければいけない気がした。彼女は何も言わない。

「そろそろ帰るよ」

彼女は何も言わない。また無言の時間が流れ、しばらく経った後に、ようやく彼女が口を開いた。

「……ねえ、また三年くらい経ったらここにおいでよ」

彼女は僕を見ずに、下を向いて言った。三年間、僕を待つということだろうか。

「……いや」

僕も、彼女を見ずに下を向いて言った。

「来年、この場所で雪が降ったら」

驚いたのか、彼女が勢いよく顔を上げる。

「来年、雪が降ったら結婚しよう」

自分がこんなことを言うなんて、と思ったが、それと同時に、悪くないな、とも思った。

日は西に傾き、あたりはすっかり冷え込んできた。明日は、きっと雪が降るだろう。

Fin.

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