monologue : Same Old Story.

Same Old Story

考え直し

全然ありえない状況じゃないはずだ。むしろ、全くない方がおかしいんじゃないか、とさえ思う。交通事故の何倍か、一日に何十人も自殺してるこの国で、今まさに自殺しようとしている現場にはち合わせる。全然ありえない状況じゃないはずだ。

(落ち着け、こんなの、きっと毎日誰かが経験してることなんだ)

夜中に海岸まで風に当たりに出たら、ほんの百メートル沖に誰かが歩いている。もちろん、陸に背を向けて、肩まで海水につかって。

「どうして助けたりしたのよ」

慌てて海に飛び込んで、暴れる彼女を砂浜まで連れ戻して、二人とも息があがって砂浜に寝そべって、と、だいたいこんな状況だ。

「私が生きようが死のうが勝手じゃない」
「そんなこと言うもんじゃない」
「だいたいあなた、誰なのよ」
「ただの観光客」
「バカじゃないの」

一瞬むかっときたが、あまり刺激しないように、できるだけ落ち着いた声で話しかけた。また海へ向かって走り出しでもしたら面倒だ。

「なんで死のうとしたのか知らないけど」
「あなたなんかにわかるわけないわ」
「もう一度考え直すべきだよ」
「何度も考えたわよ、そんなこと」
「死ぬ気になれば何だってできるはずだ」
「死ぬ気になったこともない人に言われたくなんかないわ」

らちがあかない。僕と彼女は、こんな調子で何度も同じようなやりとりを繰り返した。やがて僕も我慢の限界にきて、この女の口を塞いでやろう、と突然、そんな衝動にかられた。

「ちょっ……何するのよ!」

仰向けになっている彼女に馬乗りになり、頬を平手で打った。

「そこまで言うなら死なせてやる」
「何言ってるの、ちょっと……やめてよ!」
「うるさい、どうせ死ぬんだろ? 自殺も殺人も変わらない」
「やめ……」

彼女の首に手をかける、とその瞬間、凄い勢いでその手を振り払われた。

「冗談じゃないわ、殺されるなんて!」
「僕に殺されても自殺でも、どうせ砂浜で見つかるただの死体だ」
「ふざけないで、そんなのごめんだわ!」
「じゃあ生きなよ」

あっけにとられたような表情の彼女の上をどいて、手をつかんで起き上がらせる。水平線には、太陽が上り始めていた。

僕は、一人でホテルの部屋に戻った。

「仕方ないわね。もう一度くらい考え直してみるわ」

別れ際に、彼女はそう言った。

「ありえないことじゃないさ、自殺の名所なんかに来たら」

一人きりの部屋でつぶやいてみる。この海岸は、毎年何十人もの遺体が見つかる、有名な場所なのだ。

「ありえないことじゃないさ」

僕は、机の上に置いてあった紙をつかんだ。そして、"遺書" と書かれたその紙をやぶり捨てた。水平線の上で、太陽が明るく輝いていた。

Fin.

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