monologue : Same Old Story.

Same Old Story

小さな白い部屋

「ん、なんだ?」

寝起きで頭がまだねぼけてるのか、僕は見慣れない、真っ白くて小さな部屋にいた。まだ夢の中なのか、と頬をたたいてみる。

「なんだ? 痛いような痛くないような」
「大抵皆そうするね」

突然の声とともに白いスーツの男が現れた。最初からそこにいたのかも知れないが。

「……誰?」
「君らが天使とか神様とか呼んでる者だよ。君たちの、死んだ後の世話を任されてる」
「死後だって? じゃ僕は死んだのか?」
「皆それくらい物分かりがいいと助かるんだけどね」

そう言って彼は、どこからか取り出した椅子に腰かけた。

「さて、君は生前の行いが評価されて……」
「ちょっと、ちょっと待って」
「何だい?」
「僕は、本当に死んだのか? 全然記憶がないんだけど」
「そんなものさ。ささやかな配慮だとでも思ってくれよ。死ぬ瞬間の苦しみを鮮明に覚えてるってのは辛いだろう?」
「そりゃまあ……」

彼は若く見えるが、妙に落ち着いた物腰で話し続けた。

「さて、君の人生は高く評価されてる。このまま天国に行って気ままに暮らすもよし、また人間に生まれ変わるもよし」
「生まれ変わり? 生き返ってやり直しを?」
「そうはいかないさ。全く別の人間として、だよ」
「そうか……」

うつむく僕を見て、何か思い当たるふしがあるような素振りで彼が言う。

「運命ってのは君らが考えるよりあいまいで、誰が、じゃなくて、どうなったか、が重要なんだ」
「……? 何の話だ?」
「君は交通事故で死んだんだ。でも重要なのは、君が死ぬことじゃなくて、交通事故が起きること」
「…………?」
「君には申し訳ないけれど、あの事故で誰かが死ぬこと、が運命だったんだ。君じゃなきゃいけなかったわけじゃない」
「そうなのか……偶然も運命だったらあきらめもつくんだけど」
「君が望むなら、僕の力で君を、交通事故の五分前に戻すことができる。チャンスが欲しいなら、一度だけあげよう」
「本当に!?」
「ああ。死にたくなかったら五分間、じっとしてるんだね」

彼がそう言った瞬間、部屋は真っ暗になり、そして今度は、まばたきをするのとほぼ同時に、辺り一面に見慣れた景色が広がった。

「ここは……」

自宅の近くの商店街。目の前で、誰かが僕に何か言っている。

「君は……」

彼女は、僕の恋人。

「そうだ」

僕らは喧嘩をしていたんだった。記憶が少しずつ戻ってくる。

「聞いてるの!?」

彼女が大きな声でそう言い、ため息をついて、大通りに向かって……。

「……そっちは!」

あの不思議な男の言葉がよみがえる。

『重要なのは君が死ぬことじゃなくて、交通事故が起きること』
『誰かが死ぬこと、が運命だったんだ』
『死にたくなかったら五分間、じっとしてるんだね』

この先の大通り、彼女の向かった先で事故が起きる。そして、誰かが死ぬ。僕は……。

「君はさっきもそうしたんだよ」

耳元の声で我に返ると、また僕はあの小さな白い部屋に、あの男と一緒にいた。

「君はさっきも彼女をかばったんだ。覚えていないだろうけれど。きっと君は、次があってもそうする」
「……多分、ね」
「さあ、もう後悔はないかい?」
「あの事故、彼女はどうなったんだ?」
「無事だよ。けがひとつしてない」
「……そうか。彼女は、幸せな人生を送れるかな?」
「さあ、先のことは僕にはわからないけど、きっとね」
「そうか……」

僕は、いつの間にか現れた、部屋の出口に向かって歩きだした。

「これで、胸をはって天国に行けるよ」

スーツの不思議な男は、優しく微笑みかけてくれた。

Fin.

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