monologue : Same Old Story.

Same Old Story

メモの通りに

「あの、バイト募集の広告見たんですけど」
「ああ、あれか。まあそこにかけなさい」

昨日発売の求人広告専門の雑誌に、おかしな広告を見つけた。

『欠員のため人材募集、簡単な作業、経験等不問、日給三万から』

広告主は聞いたこともない私設研究所で、仕事の内容に触れた文章は一切なかった。給料の高さに惹かれて訪ねてみたものの、この研究所らしき施設の外見からでは、何の仕事をさせたいのか皆目見当もつかない。

「あの、欠員補充って何やればいいんですか? 僕、研究の経験とかそういうの一切ないんですけど」
「ああ全然構わないよ、簡単な作業だから」
「その……新薬のモニターとか?」

僕の疑問を吹き飛ばすような明るい笑い声をあげて、研究所の男は封筒をひとつ、僕に差し出して言った。

「中に仕事の内容を書き記した用紙がある。その気があるなら受け取って、今日は帰ってくれていい」

疑問は解決されなかったけれど、僕は封筒を受け取った。

研究所の施設を出てすぐ、僕は封筒の中身を確認することにした。

「用紙、が一枚」

その紙には、ワープロでこう書いてあった。

『同封のメモの通りに行動してください』
「メモ?」

封筒をさかさにして振ると、中から一枚のメモが出てきた。

『北に 200m の歩行者専用信号のボタンを三回押す』
「北に、信号、三回」

わけがわからないまま北方向に進むと、確かに歩行者専用の信号があった。

「三回」

ボタンを押す。しばらくして信号が変わる。

「これだけ?」

他にメモはない。どこかに落としてきたかと思い、今来た道を逆にたどる。が、どこにもメモは落ちていなかった。わけがわからないので、僕は再度研究所の施設へ向かった。

「あの、さっき封筒をもらった者ですけど」
「やあ、ご苦労さん。今日の給料を払うから、そこに座って」
「あの、これ」

男が僕を見て、金庫にかけた手を止める。

「何なんですか」
「そうだな、君は初めてだし不思議に思うのも無理はない」

男は金庫から離れると、僕の目の前に置かれたソファに座って言った。

「例えば、の話をしよう。例えば、だ」
「はあ」
「あるところに見寄りのない金持ちの老人がいる。彼は持病を患っていて、定期的に薬を飲まないと発作が起こり、場合によっては命すら危ない」
「はあ」

気のない相槌を気にすることなく、男は例え話を続けた。

「今日、偶然その薬が切れ、主治医が届けに向かう。偶然、ね」
「はあ」
「ところで、君が押した信号機はどうなったか見たかい?」
「あの、青に変わりましたけど」
「あの信号機は F 社の製品でね。先月、不備があるとのことで回収騒ぎがあったんだが、偶然あそこの信号だけ回収されなかった」
「どんな不備が?」
「ある操作をすると、青になってそのまま固まるんだよ。赤に戻らなくなる」

男は煙草に火をつけて、話を続けた。

「それで偶然にもあの道は、さっき話に出た医師がいつも通る道なんだが」
「はあ」
「歩行者信号がずっと青、つまり車用の信号はずっと赤」
「はあ」
「医師は、薬を届けることができない」
「はあ……」
「老人は、きっとこんなふうに」

リモコンを手にして、テレビに向ける。

『今日未明都内の自宅で、K グループの前会長が持病の発作のため……』
「と、まあこんなわけだ」

男はソファから立ち、また金庫に向かった。

「……あの!」
「なんだい?」
「その、僕以外の誰かにも、メモを?」
「例え話だよ、君」

男は一瞬笑顔をみせたが、すぐに真剣な表情になった。

「しかし、なかなか良い感性の持ち主だな」
「…………」
「はい、今日の給料だ、ご苦労さん」

僕は、さっきよりも重い封筒を受け取り、その場を立ち去った。

(あれは、本当に)

帰り道、僕の足取りは今までにないほどの重さだった。

(本当に、例え話だったんだろうか?……まさか、僕は人殺しの手助けを?)

手にした給料の封筒をにぎりしめてふと気付き、中を探る。

『バスに乗り、最後のひとつ手前の停留所で降りる』

数枚のお札と一緒に中に入っていたメモには、さっきと同じものだと思われるワープロの文字が並んでいた。

僕はしばらく考えた後、意を決してバス停へ向かった。

Fin.

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