monologue : Same Old Story.

Same Old Story

毒の虫

「遅くにすみません、警察の者ですがね」

茶色のコートを着た男が扉を叩くと、扉の奥から彼の表情をうかがうようにしながら、一人の女性が顔を出した。

「あの、何か」
「失礼ですが、こちらの方とはどういった関係で?」

警察官が見せたのは、彼女と同年代くらいの男の免許証だった。

「これは、主人の免許証ですけれど。どうしてあなたが? あの人、どこかに忘れて?」
「まことに言いにくいことなのですが、ご主人が先ほど遺体で発見されました。彼の車の中で」
「……!……なんてこと、まさかそんな……」

彼女はうなだれ、膝から地面に崩れ落ちてしまった。倒れ込まないよう彼女の体を支えながら、警察官が言う。

「ショックのこととは思いますが、いくつか確認させていただきたいことがあります」
「あの人が、そんな」
「お気を確かに」

なだめるように言って手帳を取り出すと、警察官は慣れた手付きでそれをめくった。

「今朝、ご主人は朝食に何を?」
「シリアルと牛乳です、いつもと同じ」
「最近特に変わったことは?」
「なかったように思います、普通でした」
「あなた方夫婦は、結婚何年目?」
「あの、刑事さん」

彼女に質問をさえぎられ、警察官が手帳から視線を彼女に移す。

「主人は、その……いったいどうして」
「死因は」

直接的な言葉に顔をそらし、口元をおさえて涙を浮かべる。

「どうやら、ショック死のようです」
「……ショック死?」
「そうです。どうやらたちの悪い毒虫にでもやられたようで」

何か思い出そうとしているのか、口をぱくぱくさせながら視線を泳がせる。それを警察官の顔に戻すと、彼女は早口で言った。

「それはまさか、蜂に刺されると起こる症状で? ああなんてこと、あの人、私に一度そう言ったことがあるんです。アレルギーの起こりやすい体質だから、万が一蜂にでも刺されたら、だなんて……ああそんな、なんてことなの」
「蜂に?」
「ええ、そう言ってましたわ、確かに」
「それはそれは」

警察官は一歩後ずさりして、彼女に自分の車が見えるようにしてから言った。

「ちょっと署までご同行願えますか」
「……どうしてですか? ここで話せば済むことでしょう。それに、蜂に刺されたのならただの事故でしょうに、あなたはまるで私が主人を殺した犯人みたいな言い方で」
「奥さん、私は毒虫と言いました。蜂とは一言も」
「でも、そんな、毒虫なんて毛虫か蜂くらいしか……」

警察官は手帳をめくりながら言った。

「まあ、確かに原因は蜂なんですが」
「じゃ何だというんです? まさか、偶然原因を知ってるからって」
「この地方に野生の蜂はいないのですよ。ここ三百年は確実に」

さっきと同じように口をぱくぱくさせ、頭の中を整理しているらしい彼女に言う。

「署まで、ご同行願えますか」

やがて彼女は、警察署に向かう車の中で自供を始めた。

Fin.

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