monologue : Same Old Story.

Same Old Story

君のような笑顔

「もう少し、愛想よく笑ってみたら?」

批判というわけでもないけれど、決して弱い調子ではない彼女の声が思い浮かんだ。会話の最中に、突然言われた台詞。驚きと、なんだか申し訳ないような気持ち。

「その方がいいと思うよ。笑ってごらんよ」

僕のためか、それとも僕と会話する人のためか、彼女はそんな提案をしてくれた。僕にとってかなりハードルの高い提案を。

「無理だよ。だって、君みたいには笑えないよ」

言えずにしまいこんだ僕の台詞。

市バスに揺られて後方に流れる景色を眺めながら、どう答えていれば彼女を喜ばせられただろう、明日会ったらどんな顔をすればいいんだろう、とそんなことがぐるぐる頭の中を回った。

『次は松田橋です、お降りの方は停車ボタンを』

運転手のアナウンスをさえぎるように停車ボタンの音が鳴り、バス停にゆっくりと、滑り込むように停車する。小銭の支払いに戸惑っているのか、バスは数分間停車していた。その間に二・三人が、後方の乗り口からなだれ込む。

「あ、席、どうぞ」

七十か八十か、それくらいのお婆さんがいて、僕は条件反射のように席を譲った。少し口ごもりながら、今自分が立った席を右手で指し示す。

「まあ、悪いねぇ、皆疲れてるだろうに」
「そんなことないです、気にしないで」

お婆さんが、僕の顔を覗き込む。

「でも疲れた顔してるじゃないか、しかめっ面で」
「そういう顔なんです、気にしないで」

僕の答えに納得がいかないのか、お婆さんは怪訝そうな表情のままだったので、僕は無理に唇の端を上げて愛想笑いをした。

「ほら、疲れてません。元気です」

そう言うとお婆さんは声を出して笑い、ありがとう、と言った。バスが動き出す。

『次は地下鉄勝野駅前です』

吊革につかまって、窓の外の流れる景色を眺める。ふと、窓ガラスに映る自分の顔に気が付いた。笑っている。

「あ」

思わず声に出していた。

「これでいいじゃん」

お婆さんが僕を見る。僕は何も言っていないような振りをして、けれど心の中は答えがひとつ見つかったことに、小躍りするような気分だった。

『お降りの方は停車ボタンを』

運転手のアナウンスをさえぎるように、停車ボタンの音が鳴る。

Fin.

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