monologue : Same Old Story.

Same Old Story

無意識の理由

「馬鹿だなあ、僕は。本当に馬鹿だ」

午後八時を過ぎる頃、通算十回目になる台詞をつぶやいた。路地裏の空気はどこか不気味な冷たさで、僕は小さく身震いをした。

「どうしようもない男の、どうしようもない人生の末路だ。どうにもなるわけがないじゃないか」

見知らぬ街の夜空の下でつぶやく。あたりに人の気配はない。

「そもそも、僕はそんな男じゃない。そんな芝居がかった男じゃないじゃないか」

寒空の下、独白はひっそりと続く。

逃げた妻を追いかけて彼女の故郷までやってきたものの、彼女が僕に見切りをつけた理由もわからないような状態で、事態が好転するはずがなかった。

「なあ、話だけでも」
「邪魔よ、どいて」
「ほんの十分、いや、五分でいいんだ」
「あんまりしつこいと警察に突き出すわよ。どいてちょうだい」

なんとか通勤途中の彼女を捕まえたものの、ただ邪険に扱われるばかりだった。

「それで今度は待ち伏せだなんて。どうかしてる」

今朝彼女が通った道で、もう何時間も待ち続けている。

「結果は目に見えてるだろうに、どうするつもりなんだ?」

どうするつもりなんだ、僕は。思いつめた結果の無理心中、なんて?

「……まさかね」

まさか、僕がそんな。そう思いながらも、手のひらににじむ汗と、こんな人のいない時間と場所を選んだ自分の無意識に、僕は少しだけ恐怖心を抱いた。

「できるなら、ここを通らないでくれ。そうしたら僕はおとなしく帰れるから」

わけのわからない願いごとを始めて十五分くらい経った頃だろうか、僕は自分に運すらもないことを実感した。

(……彼女の足音だ)

スタイルのいい女性が鳴らす独特の、リズムのいいハイヒール音。

(……と、もうひとつ、足音?)

よく耳を澄ませてみると、もうひとつの足音が聞こえることに気がついた。身を潜めるような、忍び寄るような足音。

(……?)

向こうからは見えないように、しかしこちらからは向こうが確認できるように、僕は身をかがめて様子をうかがうことにした。

(あれは?)

彼女の後ろに、付きまとうように歩み寄る男の影。その影が手に持っている何か、その何かの影の形はまるで……。

「危ない!」

ナイフをかざした暴漢から彼女を守ろうと路地裏を飛び出しながら、僕はいくつかの考えごとをしていた。復縁なんて勘定に入れていない行動こそ本当の愛だ、とか、やっぱり僕は馬鹿だ、とか。

Fin.

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