monologue : Same Old Story.

Same Old Story

正義の味方

どうにも身動きが取れない状況に陥ってしまったとき、僕は子供の頃にあこがれた、正義のヒーローを思い浮かべる。強く、正しく、弱い者を救ってくれるヒーロー。

「騒ぐなよ、俺が金を持ってここを出るまでは!」

皆、ヒーローの登場を期待している。

(どこかにいるなら、だけど)

取引を済ませて銀行へ向かい、用を足してトイレから出ようとしたとき、建物中が異常な雰囲気に変わっていることに気が付いた。

銀行強盗だ。

(まさかこんなところで身動きが取れなくなるなんて)

トイレ入り口の脇にあった観葉植物の陰に隠れて、息を潜めて様子をうかがう。

(意外に気付かれないものだな)

僕がここへ隠れてから、もう五分にはなるだろうか。犯人は、床に伏せた客や銀行員に神経を集中させているようで、僕のことには気付いていないようだった。

(他に誰も見当たらないけど……単独犯なんだろうか?)

相手が一人なら、どんな武器を持っていようがチャンスはある。幸い僕は、犯人に認識されていないのだ。

(僕がヒーロー、なんてね)

くだらない考えに笑みを浮かべながら、打開策を考える。

まず、通報する方法。残念ながらこれは期待できない。携帯電話を持ってはいるけれど、さっきからずっと圏外表示のままだ。公衆電話まで気付かれずに移動して、犯人に気付かれずに電話をすることは不可能だろう。

次に、ここから逃げ出して誰かを呼ぶ方法。これも難しい。トイレに戻って窓から抜け出すには、窓枠があまりに小さすぎる。それ以外の脱出経路は、どこへ向かうとしても犯人から容易に見渡せる。

(ってことは……)

思いつく限り、一番単純で危険な方法。僕が、犯人を打ちのめす。

(もしかしたら……いや多分、拳銃で武装してるだろう)

いくら死角からだとはいえ、素手ではさすがに無理がある。一撃でノックアウトするほどの腕力はない。何か使えそうなものがそこらにないか、辺りを見回す。

(……あれ、くらいか)

目に付いたのは、真っ赤な消火器。僕があこがれたヒーローも、赤のマントを着ていた。

(あんなもの……)

確かに、武器にはなるだろう。しかし、どうにも格好がつかないし、犯人の命を奪いかねない。

気付かれないように消火器まで這って行き、それを抱えてまた観葉植物に隠れる。

(…………)

不思議と、ゴムのホースが手になじむ気がした。握りやすい。

(……やれるか……?)

誰かが問いかけ、誰かが答える。

(きっとやれるさ、やってやる。こんなのわけないさ)

また誰かが問いかける声が聞こえる。

(でも、こんなもので殴りつけたら、犯人は死んでしまうかも)

誰かが答える。

(あいつはそういう罪を犯してるんだ、当然の報いさ)

僕が答える。

「正義の味方だって、悪者を殺すだろう?」

ゴムのホースが手になじむ気がした。

Fin.

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