monologue : Same Old Story.

Same Old Story

エレベーター

「あれ」

目の前で、エレベーターの扉が開く。

「エレベーター、着いちゃったよ」
「着かなきゃそっちの方が困るわよ」
「いや、まだボタン押してないんだけど」
「誰か乗ってきたんじゃないの?」

エレベーターの中に顔を突っ込み、隅から天井まで見渡す。

「誰もいない」
「誰かのいたずらでしょ。私もう行くね」
「ああ、おやすみ」

マンションの入り口で彼女と別れ、僕は一人エレベーターへ乗り込んだ。五階のボタンを押し、壁にもたれて目を閉じる。

「夜食あったかな。どうせならコンビニ寄れば良かった」

エレベーターは唸るような低い音とともに動き出した。壁と床が、一緒に振動する。

「まあいいか、別に後でも……」

ふぅ、と小さく息をついて、エレベーターの文字盤に目をやる。

「……あれ、まだか」

文字盤の数字は三階を示している。

「…………?」

しばらく文字盤を見つめていると、やがて僕の頭の中は疑問符で埋めつくされた。

「いつまで三階にいるんだ? 壊れてんのか、この文字盤?」

数分間見ていても、文字盤の数字はずっと変わらない。

「まさかずっと三階にいるわけじゃ」

そんなはずはない。いつもなら数十秒で五階に着いている。

「故障で止まってる、とか」

しかしエレベーターは唸りと振動を続け、ずっと上昇しているように思える。

しばらくそんな状態が続き、僕は意を決して非常時用の通話ボタンを押した。

「おーい、誰かいませんか」

応答の気配はない。今度はエレベーターの非常停止ボタンを押す。

「……どうなってんだよ、いったい!」

壁と床は唸り続け、上昇を続ける。文字番は変わらないままだ。

「三階と四階の間のどこかに閉じ込められた、なんて」

くだらない考えが頭をかすめる。

「……アキレスは、亀に追い付けない?」

古代の有名な哲学者の言葉。

ある場所へたどり着くためには必ず現在地とその場所の中間点にたどり着かなければならない。その中間点へたどり着くためには、さらにその中間点へたどり着かなければ、そしてさらにその中間点、さらに……。

「ばかげてる。あれは間違いだ」

そのことはもう現代の論理学が証明しているはずだ。

「……おい! 誰かいないのか!」

しかしそれはどうしようもない重圧となり、ゆっくりと僕にのしかかってきた。どんな感情からか僕は、声を荒げて助けを求めた。

「おい、誰か! 誰か来てくれ! 誰か……」

文字盤が目に入る。数字は変わらない。

「……うわあぁ!」

頭をかすめる、さっきよりも大きく、重く、絶望的な、数字。

3.141592653589793238462643383279502884197……

「あれ、エレベーター、勝手に開いたぞ」
「は?」
「ボタン押してないのに、勝手に着いたみたいに。誰も乗ってないみたいだけど」

Fin.

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