monologue : Same Old Story.

Same Old Story

夢の国から

「行かないで!」

窓から差し込む薄暗い光が、まだ少し夜明けまで間があることと、また同じことを繰り返してしまったことを痛感させた。また、自分の情けない声に目を覚ましたのだ。

「……また、ね」

時計に目をやる。まだ五時をまわったところだった。

このところ、私は軽い不眠症のようなものに悩まされている。ようなもの、というのもおかしな表現だけれど。とにかく、ここ数日ぐっすり眠ることができずにいる。

「病院に、なんて、笑われるわこんな話」

いつも、同じような夢を見ていた。といっても共通するのは最後の部分だけで、そこまでの紆余曲折は毎回違っていて、しかも酷く散漫で無意味に思えるような内容ばかりなのだが。

つまりいつも見る "同じような夢" というのは、毎回同じ結末で終わる夢のことだ。

「馬鹿馬鹿しい、こんな歳であんな夢」

夢の最後に必ず現れる、私に手を差し伸べる男の姿。その顔は、十年以上も前の初恋の人に似ている。彼が手を差し伸べ何か語りかけ、私はその手を取ろうと自分の手を差し伸べる。

夢は、そこで途切れる。

「年甲斐もないったら」

最後に彼が私を見捨てて遠くへ行ってしまうような、そんな想いがよぎって私は声をあげる。そして目を覚ます。

「……諦めなさいよ」

自分が未練がましい女だとは思っていなかったが、連日こんな夢を見てはさすがに疑わざるを得ない。もしそうだったとしてだからどうだ、ということもないのだけれど、自分にうんざりするのも良い気分ではない。

「また、今夜も見るのかしら」

案の定その日の夜も、私は変わらず同じような夢を見た。

合理性に欠けた、とっ散らかったような世界での脈絡のない話。こんな現実はあり得ない、そう自覚してはいても、その時点で夢から覚めることはほとんどない。

やがて、彼が現れる。

「……こんばんは」

私が先に話しかけたことに彼は驚いたのか、手を差し伸べることも語りかけることもせず、黙って私を見つめていた。

「いつもあなたが何か言ってくれるのは覚えているのだけれど、どうしてもその内容を思い出せないの。教えて、あなたは私に何を言いたいの?」

想いの全てを吐き出すように、私は早口でまくし立てた。彼はそれを気にかけないようなそぶりで、ただ一言、いつもより聞き取りやすい声で言った。

『こっちへおいでよ』

彼の声は、十数年前と変わらなかった。

「……だめなのよ」

彼がまた、口を動かす。

『こっちへおいでよ』
「……だって、あなたは」

言葉に先走って、涙が頬を伝う。

「十年以上も前に死んだのよ」

瞬間、とっ散らかった夢の世界の風景が歪み、うねって、蒸発するようにかき消えた。そこにはもう、彼の姿もなかった。

気が付くと私は目を覚ましていて、夢の中と同じように泣いていた。

「……だめなのよ」

夢の中と同じ言葉をつぶやく。あのときと変わらない姿の彼は、私に何を伝えたかったのだろう? 何のために、私の夢に現れたのだろう?

「そっちには、まだ行けないの」

それから、彼が夢に現れることはなかった。

Fin.

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