monologue : Same Old Story.

Same Old Story

尊厳ある最期

「おお、よく来てくれた」

宮殿に着いた僕を最初に出迎えたのは、この国の大臣を務める男だった。実質、この国での二番目の権力者だ。

「いえ、急なことだと聞いたものですから、大使館から車で……ところで、王の身に何か?」
「うむ、察しがいいな。そう、実は王のことで相談があるのだが……」

僕はこの国の駐在大使でもあり、また一人の医師としてこの国に派遣された身でもある。いまだ発展の途上にあるこの国では満足な医療が施されておらず、僕がこうして王の宮殿に呼ばれることも何度目かのことだった。

「実は、王はもう長くはないのだ」
「……パレードでお顔を拝見したとき、そんな気がしました。以前よりやつれて、顔色もあまりよくない」
「そうだ、もう周囲に隠し通すことも難しい段階まで、病気は進行してしまった。あと一年も持たないことくらい、未熟なわが国の医療でもわかる」
「それで、僕にどうしろと? 残念ですが、余命を延ばすことは難しいように思いますが」

大臣は一息つくと咳払いをして、周囲に誰もいないことを確かめてから、小声で言った。

「違う、その逆なのだ」
「逆、というと?」
「王を、死なせてやって欲しい」
「……僕は、安楽死に手を貸すつもりは」
「それも違う」

大臣は眉をひそめ、顔を近付けて言った。

「公然と、王を暗殺して欲しいのだ」
「なっ……一体、あなたは何を」
「落ち着いて聞いてくれ。もう王は長くはないだろう。それはおそらく王自身も気付いていらっしゃる。このまま、なすすべもなく指をくわえているのも残酷だろう」
「しかし、僕は」
「どうせ避けられない死であるなら、君さえ協力してくれれば、これを国のために活かすことも可能だ」
「…………」
「王を、次の晩餐会で暗殺してくれ。杯に毒を盛るのだ。王が暗殺されたとなれば、国民は悲しみに暮れ、まだ王位に就くには若すぎる王子に対して同情を抱くだろう」
「…………」
「次の王位を狙う善からぬ輩もいる。そんな連中から、王子の身を守るためなのだ。頼む。この国と、王子のために」

しばらく沈黙が続く。どれくらい経っただろうか、僕はため息をひとつついて、決心を告げた。

「わかりました。やりましょう」

僕は大使館に戻り、薬を調合して数日後の晩餐を待った。

(……まさか、こんなことになるなんてな)

やがて最期の晩餐会が行われ、王は毒殺された。

「その後、どうですか」

一ヵ月後、僕は宮殿を訪れ、大臣と面会した。

「順調にいっている。君のおかげだ、感謝するよ」
「王子の戴冠式も無事に終わり何よりです。おっと、今はもう王とお呼びしなければいけませんか」
「何もかも順調だ。君がいなければこの国は、大きな混乱を招いていただろうな」
「そんな大げさな。ところで、その」

一ヶ月前に大臣がそうしたように、僕は咳払いをして、小声で語りかける。

「先王の様子はどうですか」

大臣が小声で答える。

「悪くない。病気は進行しているが、心境は至って穏やかなご様子だ」
「それは良かった。やはり王としての器を兼ね備えていたから、事情を理解する寛大な心があったのでしょう」
「しかし君の案には脱帽するよ。私はもう、王を死なせてしまうことしか考えていなかったのに」
「難しいことじゃありません。僕の国の医療では、仮死状態が科学的に研究されているんです。薬の配合を知っていて良かった」
「誰もが先王は亡くなったと思っている。今は、宮殿内の一室で静かに過ごされているがね」

ふう、と一息ついて、大臣が穏やかな表情になる。

「王として働き詰めだった彼に、王として、同時に人間として、尊厳ある最期を与えてくれた。君には心より感謝する」

少し照れくさくて、僕はうつむきながら笑って、つぶやくように言った。

「むやみに死なせたくなかっただけなんです。誰にも、人間として、穏やかな最期を迎える権利があるでしょう?」

Fin.

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