monologue : Same Old Story.

Same Old Story

視線

久しぶりに乗った終電車の窓から見える、ほとんど明かりの消えてしまった線路沿いの民家を眺めていて、ふと気が付いた。見られている。

(顔見知りだったかな?)

向かい合わせた座席の中年の男が僕を見ている姿が、鏡の代わりになった窓に映っている。名前は出てこないがどこかで顔を合わせた気がしなくもない。失礼な状態ではあるけれど、声をかけないままでいるのも気が引ける。

(少し話せば何か思い出すだろう)

そう思い声をかけようと男に視線を移すと、一瞬目が合った直後に、まるで何事もなかったように男は視線を遠くへ逸らした。僕が彼を見ていることに気が付かず、考えごとでもしているような様子だ。

(あれ、人違いだったかな)

多少気にかかりはしたけれど、それ以上何になるわけでもないので、さっき彼が僕をじっと見ていたらしいことは忘れることにした。僕が周囲の見知らぬ人たちの異変に気付くまでは。

(……? 見られてる?)

翌朝乗った電車では、数人が僕の方へ視線を投げかけていた。辺りを見回すと数人と目が合うが、皆すぐに目を逸らし何もなかったように新聞を読むなどしている。最初は気のせいかとも思っていたが、翌日、さらに翌日と日を重ねるごとに、僕を見る人間は増えていっているようだった。

(何なんだ、一体)

電車の中だけだったその現象は、すぐに他の場所でも起きた。買い物に行けば客は商品を手に僕を見つめ、食事に行けば周囲の箸は止まり、映画館では誰もスクリーンに目もくれない状態。何が何だかさっぱりわからないが、どうやら僕は周囲の人間にとって、なるべくそうしていることを気付かれないように観察する対象、というものになったらしかった。

(……何かしたかな、悪いこととか。誰かに似てるとか)

満員電車でつり革につかまりながら、携帯電話を覗き込んでため息をつく。彼らは僕を注視しているが、僕の持っているものなどには全然興味もないらしく、僕が携帯電話を鏡代わりに周囲の様子を伺っていることなど気にかけてもいないようだった。

(皆、見てるな)

携帯電話を使って僕が確認することのできる範囲では、誰もが僕を見つめている。……いや、一人だけ違う。僕の隣に立っている若い女。

(……? どうして彼女だけ、僕を見ていないんだろう?)

僕は、彼女とその周りの人間の何が違うのか確認しようと、彼女の横顔に目をやった。

私はいつも通り、通勤のために電車に乗っていた。ふと目をやると隣の男が私を見ていたようだったが、目が合うとすぐに視線を逸らした。特に悪いことを考えている様子でもなかったから、すぐその場で忘れてしまっていたのだけれど。少なくとも、私が周囲の見知らぬ人たちの異変に気付くまでは。

Fin.

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