monologue : Same Old Story.

Same Old Story

隔離病棟

「おはようございます、先生」
「ああ、おはよう」

昨日よりも少し冷たくなった空気が、仕事前の挨拶の調子までも引き締めるような、初冬の朝。真っ白な壁の廊下を歩いていた白衣の男に、似たような白衣の女が声をかける。

「様子はどうだね」
「変わらず小康状態ですね。向こうも様子見なんてしてるんでしょうか」

冗談めかした回答に、忠告するような口ぶりで応える。

「彼らは油断できない相手だと、君も知っているだろう? 常識は欠陥品だが、知能は一級品だ」
「失言でした」
「彼らが私たちを観察しているとしたら、様子見ではなく、品定めだろうな」

先に歩く男の言葉が冗談かどうか、女は足を止めて考えた。男は、『特別精神科病棟』と書かれた頑丈そうなゲートをくぐった。

「ようこそ、"隔離病棟" へ」

男がゲートの奥から、女に呼びかける。今度は迷わずに小さく、それとは気付かせない愛想笑いをしてから、女もゲートをくぐった。

『やあ、1031 号の方』
『おはよう、1032 号の方。僕らがインターホンで挨拶を交わすようになってから、何日くらいが経つかな?』
『もう一ヶ月になるか。ちょうどあの事故が起きて、僕らがこの部屋に逃げ込んでから』
『外の様子は?』
『さあ、朝日らしきものは射し込んでいるようだが……扉には鍵がかけられたままだ』
『外の連中は?』
『今朝も朝食を用意されているから、まだそこらにいるだろう』
『まだお医者さんごっこ中、か』
『仕方がない』
『空前の原発事故、放射能汚染、脳をやられたやつら、か』
『鉛を仕込んだシェルターに逃げ込んだまでは良かったが、まさか閉じ込められて、しかも精神病患者扱いとはな。皮肉なもんだ』
『おかしくなったのは外の連中なのにな……ともかく、今日も生き延びることを考えて、何とかやり過ごそうじゃないか』
『ああ、"避難病棟" に幸あれ、だな』

白黒のモニタを見つめていた、白衣の男が口を開く。

「まだ放射能漏れの夢を見てるのか?」
「ええ、毎朝ああして世界観の共有・再確認をしているようです」
「しかし珍しいケースだな、妄想の共有、だなんて」

男はモニタから目をそらし、机に向かって座り、カルテを開いた。

「ところで、ここいらに原子力発電所なんてあったかね?」

男の問いかけに応えるものはなかった。

Fin.

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