monologue : Same Old Story.

Same Old Story

頼まれごと

「あなたは、私のことをこう思っている」

道路沿いに立ちバスを待っていると、隣に立っていた男が、僕にだけ聞こえるくらいの小さな声で囁いた。

「ばか、うすのろ、まぬけ、ろくでなしの気狂い、甲斐性なしの小心者、臆病者」

突然ぼそぼそと罵倒の言葉を並べ始める男に驚き、同時に気味悪く思い、僕は男から一歩体を遠ざけて、いかにも怪訝な目付きでその男の目を見つめた。

「違いますか?」

男はゆっくりとこちらを見て、にやり、と薄気味の悪い笑みを浮かべた。僕はその男に見覚えがないことを確信してから言った。

「人違いでは? 僕はあなたを知らないし、見ず知らずの人をそんな風には思わない」

男はしばらく僕を見つめていたが、また僕にしか聞こえないような声で繰り返す。

「いや、それでも思っているはずだ。白痴の出来損ないだとか、頭の足りない可哀想なやつだとか」
「あの、ねえ」

制止するような格好で落ち着くよう促すが、男は黙らない。

「さっきも言いましたが、僕はあなたを」
「だから何だと言うんです、本心は変わらないくせに」
「くせに?……いい加減にしてください、これ以上言い掛かりをつけるんなら」
「どうするんですか? 片手でひねりつぶしてやる、とでも」
「……あなた、ねえ」
「認めたらどうです、思っている、って。口にしたらどうです」
「ええ思ってますよ、妙なやつに絡まれた、ってね!」

つい声を荒げた自分に気付き、ふと周りを見回すと、何人かの通行人が僕らを見ていた。やがてすぐに誰もが視線をそらし、何事もなかったかのように歩き始めたが。

「どうも」

男を見ると、右手を差し出していた。真っ黒のコートから突き出た、真っ黒の手袋が僕に握手を求めている。

「……何なんだよ、あんたは。本当に頭がおかしいのか?」

わざと聞こえるようにつぶやきながら、手を払いのける。その瞬間、何か弾けるような感触が伝わり、ぱちん、と音が響いた。

「……?」

男の右手はからくり仕掛けのように機械的に形を変える。僕が払いのけたときにバネでも弾き飛ばしたように。やがて僕は、それが右手の形をしたスイッチであったことに気付かされた。

「……おい?」

男が無言のまま、仰向けに倒れ込む。機械仕掛けの右手のあった場所には、ナイフの柄のようなものが見える。

「おい、人が倒れてるぞ……救急車を!」
「あの人たち、さっき何か言い合ってなかった?」

僕らの周りを人が取り囲む。僕は呆然としたまま、男に問い掛ける。

「何なんだ? 一体」
「あなたが私を刺した、そういうことになるだろうな」

男の小さな声が聞こえる。

「ふざけるな、僕は何もしていない」
「周りにはそう見えないだろう、無理だ」
「……お前、何のためにこんなことを」
「頼まれごとでね」

男の口許から、赤い血が一筋流れる。

「どうしてこんな、誰が……僕に何の恨みがあるっていうんだ」
「正当な復讐なんてないさ、逆恨みだって何だって大差ない」

男はそれきり何もしゃべらず、地面にはじわじわと血の染みが広がりつつあった。僕は背後から、正義漢か警察かに叩き伏せられ、地面に押し付けられながらそれを見ていた。

Fin.

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