monologue : Same Old Story.

Same Old Story

知らぬが仏

知らぬが仏、とはよくもまあ言ったものだ。知らないでいれば仏のように穏やかでいられる、だなんて、無知を肯定して釈迦だか誰かを罵倒するような。

僕は、知らないことで悪魔のような振る舞いをし得ることを知っている。そしてそれは、本当に誰の身にでも起こり得ることを。

「ごめんください」

例えば彼ら、訪問販売員。今風に考えるなら、スパムメールだとか、何でもいい。僕が買う気のないものを宣伝に来る彼ら。

「奥様はご在宅でしょうか?」

彼らは、僕のことを少しだけ知っている。安い商品にならすぐに応じられる程度の経済力、妻の存在、僕らの年齢層。数字で表せられそうなことは、よく調べられている。

「最新の化粧品についてお話をさせていただきたくて伺いました」
「あの、今、僕しかいないので」
「結構ですよ。むしろ毎日顔を合わせる旦那様にこそ評価していただきたく」

早速鞄を広げ試供品を取り出し、あれこれと横文字を並べ立て始める。僕のことは置いて行き、理解度なんて気にしない。むしろ、正しく判断できないようなわからなさがちょうどいいのだろう。

「いや、だから」
「お気になさらず、きっと奥様も喜ぶと」
「今僕しかこの家に」
「不在でも構わないのです、必要でしたらまた改めて伺います」

彼らの多くは、日本語が通じない。あるいは、僕が途方に暮れるのを見たくて仕方がない。

「だから、僕しかいないっていうのは」
「買い物でしょうか? どちらへ?」
「だから」
「また後ほど時間を改めましょうか?」

言わなくていいなら、知らせなくていいなら、こんなこと。

「妻は、死にました。先週、交通事故で」

さっと販売員の顔が青ざめ、しどろもどろになりながら試供品を鞄の中へ詰め込み、二言三言残して、逃げ出すようにいなくなる。

個人の情報なんて、漏らすなら全部漏らせばいいのだ。僕が、化粧品のセールスほど必要としていないことはなくて、わが家にはもう僕しかいないこと。

知らぬが仏、とはよく言ったものだ。知らないでいれば仏のように穏やかでいられる、だなんて。

Fin.

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