monologue : Same Old Story.

Same Old Story

過ぎ去りし瞬間

未来の不確定さと可能性に対して、過去は揺るぎなく一方通行で、変化や解釈の余地すら与えない。現在の一瞬を通過したそれは、ただ未来のための礎でのみあり続ける。

「君は、あまり面白くない、ちょっと危険な考え方をするんだな」
「そう? 前向きで合理的だと思ってるわ」

一時期親しかった、恋人でもあったある男はそう言った。私はそれをある種のやっかみだと、例えば自分が知らないことを知っている人間に対するような、そんなものだと思ってさえいたけれど。

数年ぶりに彼に再会するそのときまでは。

「相変わらず、君は退屈で危なっかしいんだな。変わってない」
「あなたは前にもそう言ってたわね。私の考え方のどこがそんな風にみえるのかしら」
「退屈だよ。退屈で、危険だね。君は、思い出を楽しんだりはしないのかい?」

彼が寂しそうな目で私を見る。

「昔のことを思い出して感傷的になること? ただ悲しがりたがるだけなんて、無駄じゃないの」
「……君はそう言うんじゃないかと思ってた」
「前に進むためならまだしも、立ち止まるためだけに懐かしがるのは無駄なことだわ」
「……だから君は、経験から学べない」
「何ですって?」

つい言葉が荒くなる。まるで彼は、挑発したがっているようだった。

「些細な出来事を振り返ろうとしないから、そこから学べない」
「そんなこと」
「危険なことだし、退屈で仕方がないよ」
「そんなこと、私には」
「君は」

彼が私に顔を近付ける。息の詰まりそうな距離まで。

「危険が、自分を避けて通ると思ってる。過去がひとつの解釈しかできないなら、今安全な自分は過去にもずっと安全だったと」
「……そんな」
「だから君は、僕と恋人だった時期、僕が他の女の子と親しくしていた可能性にも気付けなかった」

私の口は言葉を吐き出せず、ただ空気を飲み込むだけだった。しばらく力なく動いたあと、ようやく、破裂するような音量で罵倒が飛び出す。

「……だから何だって言うのよ! 私はずっと幸せだったしこれからもそうだわ! あなたと別れられたことが何よりの」
「今日が幸せなら昨日も幸せだった? 明日も幸せかい?」

彼が席を立つ。

「君は、挫折したことがないんだろうな。経験が壁になることを知らない」
「……あなたよりは幸せよ、私は」
「君と付き合ってたときに親しかった子と、来月結婚するんだ。罪滅ぼしじゃないけれど、それだけは言わなきゃいけない気がして」

さよなら、と、席を立つ彼を、私は正視することができなかった。

経験が壁になる? 道を塞がれるですって? そんなはずがないわ、過去は未来への階段にしかならない。事実関係がひっくり返ったところで、私がやるべきことは変わらないもの。

「私はずっと幸せだったし、これからもそうであり続けるわ」

彼は、答えない。

過去は、未来への足場にしかならないはずだ。過去が未来への道筋を閉ざすだなんて、そんなことがあるはずがない。だから私は、何事もうまく処理して、明日も幸せに生きられるはずだ。

今日、弾みで昔の恋人を死なせたとしたって、明日へのひとつのステップでしかないはずだ。

Fin.

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