monologue : Same Old Story.

Same Old Story

製氷機

「でね、それが壊れてたってのは、もうずっと皆が知ってたことだったの」

彼女の言葉振りは普段よりもずっと抑揚に溢れていて、まるで台本の上を下手くそな役者がなぞっているような、そんな感覚さえ覚えた。別に、彼女の話を疎ましく思っているだとか、そういうわけではないのだけれど。ただ、どうにも浮ついた感じが自然らしくない、そう感覚的に捉えただけの話だ。

「もう、ずっとずっと。何日前、とかじゃなくて」
「何週間も前から?」
「調子が悪いこと自体は月レベルの問題だったみたい」
「へえ、そりゃまた」

僕の投げ返しもまた、彼女のように不自然さが見え隠れする。コミュニケーションの下手くそなやつが、うまいやつの表面をなぞっただけのような。

「ずっと、その製氷機は不調で、陰ながら不評で」

彼女の笑顔は隙間のひとつも与えようとしない。

「氷の出来が悪いことは皆知ってたのに」
「誰も言い出さなかった?」
「表立っては、ね。陰口みたいには囁きあってたけど」

グラスに注がれた水を飲む。喫茶店の中には、季節はない。

「表立って言わないのには、理由が?」
「自分が修理担当者になるのが面倒だからよ。そうじゃなかったら、修理担当者に連絡をとって、修理の一部始終を見届けるのが面倒だから」

彼女も水を飲む。しゃべり続ければ誰だって渇く。

「だから、誰も言い出さなかった。それで、最後には」
「…………」
「誰も喜ばない、氷のネタ切れでジ・エンド。もう、暖房の効き過ぎたオフィスでアイスウーロン茶は飲めないし、皆がこっそり皆を恨んでる。どうして、自分が泥を被って修理担当者になります、なんてやつが出てこなかったのか、なんて」
「へえ」

下手くそな応答は、気のない返事に聞こえただろうか。

「でね、この、責任のなすり合いと最低の結末と、少しずつ浪費される有限のエネルギーと……何かに似てると思わない?」
「製氷機が、氷を作れなくなりつつある不調が?」
「そうよ」

彼女がにやついた表情で僕を見つめる。

「さあ、何だかな」
「もう、あっさり諦める」
「わからないものは仕方がないだろ」
「石油よ。わかる?」

僕は、今度は、へえ、とは言わなかった。

「石油と氷、石油を欲しがる先進国とオフィスの連中、故障して少しずつ生み出せなくなって、残り少ない氷を見ながら、誰かが何とかしてくれる、なんて……」
「もうやめろよ、そのくらいで」

僕の言葉に、一瞬彼女は、笑顔でない素の表情を見せた。

「社会情勢引っ張り出して同僚の非難なんて、趣味が悪い」
「だって、こういう話にでもしないとくだらないじゃない」
「それに、本当に君が言いたいのはそういうことじゃないだろう」
「何よ」

彼女がグラスの水を飲み干す。氷だけがそこに残る。

「石油なんかじゃない」
「だから何よ」
「僕と君との関係が、枯渇しかけた油田だか製氷機だかみたいに、少しずつ醒めてることを言いたいんだろう」

彼女は何も言わない。さっきまでの楽しそうな演技の表情は、どこか遠くへ消え失せてしまった。

グラスの中に積まれた氷が、融けてからんと鳴った。

Fin.

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