monologue : Same Old Story.

Same Old Story

クリア

「……冷めちゃったね」
「そうだな」

オニオンスープからはもう、さっきまでの温かい気配は感じられない。膨らむようにあがる湯気も打ち止めだ。

「下げてもらう?」

冷めたのは、スープだけか。冷え切っているのは、僕らの方か。

「……そうだな」

かろうじて言葉をつなぐ。メインディッシュまではとてももちそうにない。

「……もう帰る?」

伏し目がちに尋ねる彼女の顔には、駆け引きの色が表れていた。

もうずっと、僕らの関係はその場しのぎだった。慣れと飽きと、どちらが的確な表現かもわからない。学生の頃から付き合い続けて、もう何年になるだろう?

「……五年だ」
「え?」

彼女が一瞬素の顔をみせ、また笑顔を纏う。

「どうしたの、急に」
「五年だったよね、確か。僕らが付き合い始めてから」
「今月末で、ね。何なのよ突然」

そう、五年だ。僕が彼女の表情に一喜一憂していた頃。

「違うんだ」
「何が?」
「そりゃ、変わるよ。五年もあったら、人間誰だって変わるよ。僕らみたいな若者だったらなおさらだ」
「……どうしたのよ」
「違うんだよ、そんなことじゃないんだ。五年ったって、そんなことじゃないんだ」
「何なのよ、ちゃんと話してちょうだい」
「僕が思い出す君の笑顔は、今の君じゃないんだよ。五年前のままなんだ」

呆気にとられた、何も纏わない彼女の顔。

「……じゃ、こんな関係にならなければ、って今さら? 五年もかけてようやく?」
「…………」

目をつぶり顔を手で覆う。違うんだ、と、声にならない声でつぶやく。そういうことじゃないんだ。僕が、言いたかったのは。

「ただ、あの頃が恋しいだけ?」

頭の中に響いたのは、彼女の声ではなかった。少なくとも、今の。

「甘かった幼い思い出を繰り返してなぞりたいだけ? 大人になりたくなかった、なんて、それだけ?」
「……だったらどうだっていうんだよ」

突然、ぱちり、と、周りの全てを遮るような音が響く。

「クリア、ね」

クリア、達成。クリア、消去。ハードルをクリアして、データをクリアする。クリア……僕は、何を?

「一度クリアしたゲームに興味を持つかしら? 全部クリアしたって何になるかしら」

気がつくと僕は、全く別の店にいた。レストランとは似ても似つかない……大型チェーンのファストフード店。手にしているトレーには、チーズバーガーとチキンサンドのセット。

少し向こうのテーブルには、下を向き、今にも泣き出しそうな彼女。その容姿は、どう見ても幼い。

「……五年前だ」

頭の中に、誰かの声。

「こういうやり直しってあると思う? ゲームの一部だったなんて告げられたとして、それでもあなたは人生を続けられるかしら?」
「……問題ないさ」

何度でもクリアしてやる、今度こそ最高のハッピーエンドで。僕は彼女の待つテーブルに歩み寄る。

Fin.

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