monologue : Same Old Story.

Same Old Story

飛行機で行こう

ゆっくりと少しずつ、機内に充満した一気圧を押しつけながら、機首が上空へ向けて傾く。耳鳴りのような音を誇らしげに響かせて、飛行機は離陸秒読み段階に入った。

「……いよいよだ」

いつもこの瞬間は緊張する。何度乗っても慣れやしない。一度離陸してしまえば安易には戻れない。もうやり直しはきかない、そんな気分。

機体が少しだけ揺れる。

「無事離陸したみたいだな」

窓越しにうっすらと見える景色を見つめながらつぶやく。

「あなたって本当に変わってるわね」
「何が?」

隣のシートに座った妻が投げかける。同じ旅客機に乗る数十人の赤の他人は、置物か彫像かのようによそよそしく無干渉だ。彼女がいなければ僕は、こんな旅客機には乗らないだろう。

「だって、飛行機が好きなのに飛行機を怖がってるなんて、変わってるわ」
「そんなことないよ。好きなものなら何でも許せる、なんてことの方がおかしい」
「そうかしら」
「そうだよ。どれだけ乗ってもまた次に乗りたくなる。多分僕は、根っからなんだろう」

妻はため息をつくように笑った。

二人で飛行機に乗るのは、今年に入ってもう四回目になる。休暇が取れる度に小旅行へ繰り出し、移動手段はほとんど飛行機だった。

「たまにはファーストクラスにでも乗ってみたいわね」
「エコノミーで十分じゃないか。そんな資金だってないし」
「あなたってやっぱり変わってるわ」

移動手段の段階でくつろぐ必要はないよ、とつぶやく。

「いいじゃないか、エコノミーで十分だよ」
「そうかしら。あまりストレスを感じるようだったら一度検討して欲しいものだわ」
「ストレスに感じてるかい?」
「今のところ許容範囲、って感じかしらね」

今度は僕が、力なく笑う。

やがて機体は安定し、機内アナウンスが何やらいろいろとメッセージを流し始めた。僕は妻に一言告げて、機内トイレへと向かう。

「……さて、今回はどうなるものやら」

機体が少しだけ揺れ、期待が少しだけ揺らぐ。彼女がいなければ乗らないこの旅客機を、僕は本当のところ心底嫌いだった。

「今度こそ、上手くいくといいんだが……上手くいくことが万に一つでもあるのなら、だけど」

エコノミークラス症候群、というものが巷で話題になって下火になって、僕は今になってようやくその仕組みを知った。エコノミーシートのストレスフルな環境が血液を固まらせ、脳や肺の血管に詰まるのだとか。例えば、例えばの話、妻がそのエコノミークラス症候群で命を落とすような惨事になった場合、その夫が妻にどういう感情を抱き始めていたか、だとかを、警察や航空会社は気にかけるだろうか? 二人きりの小旅行に殺意を秘めているようなドラマめいたことを、また万に一つの可能性を信じて何度も搭乗するような男の存在を、彼らは少しでも考えるだろうか?

「さて、今回はどうなるものやら。まさか、万に一つも上手くいくとは思っていないけれども。万に、一つも」

例えばこのフライトで妻が事故死した場合、僕は殺人の罪に問われるだろうか。そんなことは、不可能なはずだ。

「あまりストレスを感じるようだったら」

妻の言葉が頭をよぎる。

「ぜひ、ぜひともそうであってくれよ」

機内トイレを後にする。もうやり直しはきかない、そんな気分。

Fin.

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