monologue : Same Old Story.

Same Old Story

私殴られます

何もかもがうまくいかない、そんな感覚。ゆっくりと真綿で首を締められるような、やがて硬直し切って終わってしまうような、そんな結末へ向かって嫌々ながら歩き続けるような。

「最悪だ。仕事も私生活も家族も、最底辺にいるみたいだ」

交差点で信号を待ちながらため息をつくと、ふいに後ろから僕に話しかける声があった。

「なあ兄さん、あんた相当きてるんだろ? 俺の助けが要るはずだ」

振り向くとそこには、無国籍風とでもいうのか、おかしな風体の若い男が立っていた。彼はサングラスの奥から、僕へ向けて期待の眼差しを送っているようだった。

「……急いでるんだ」
「まあまあまあ、話を聞くだけでもいいからさ。きっと何かにはなるはずだろ」

おかしなセールスにでも捕まったか。またため息をつく僕を、男は指さした。

「それだよ、それだ。何か悩みの種があるんだろ? だから、ほら」

そう言って彼は自分の頬を僕に向かって突きだした。

「……?」
「ほら、さっぱりさせてやるってんだよ」
「……何の話だ?」

ようやく興味を示したか、という笑顔を押し殺さず、男はぺらぺらとしゃべり始めた。

「俺はこの辺りで、あんたみたいなのに殴られて飯代を稼いでるんだ。正確には殴らせて、かな。価格は応相談相場変動制、だけど」
「……は?」
「すかっとするぜ、人の顔を殴りつけると」

あまりに素っ頓狂な提案に言葉もなく呆れ、僕は交差点を渡ろうとする。

「まあまあまあ、そんなに急ぐなよ。今ならサービス三割引」
「興味がないんだ」
「じゃまずは軽くお試しでもいいさ」
「構わないでくれ」
「まあまあまあ」

男は僕の前に回り込む。僕はつい立ち止まり、彼と対面する格好になる。隙を逃さず、男の営業トーク。

「ルールは至って簡単、たった三つだ。まず、俺が死ぬまで殴らない。こればっかりは勘弁してくれよ。次に、俺が気を失うまで殴らない。警察沙汰になっても意識がなくなっちゃ合意かどうかもわからないからな。最後に、これきり延長回はなしだ。これはビジネス、いいか?」

彼が言い終わるか終わらないかのうちに、僕は自分の右拳を彼の横っ面に叩きつけた。避ける素振りも一切なく、あっさりと道路脇まで吹っ飛ぶ。

「……何だかな、来週の世界戦、やれるような気がしてきたよ」

ボクシングのプロ、それも防衛王者を捕まえるとは、彼もよっぽどろくでもない運命なのだろう。しかし。

「これきり延長回はなし、これはビジネス。毎度あり」

紙幣を数枚、彼のポケットに忍ばせる。二つ目のルールは守れなかったが仕方がない。僕は交差点を渡り始めた。

Fin.

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