monologue : Same Old Story.

Same Old Story

毒を以て

「……全く、とんでもない女だ。まさか本当に実行するなんて、短絡的で馬鹿馬鹿しい」

横たわった彼女はぴくりとも動かない。僕は飲みかけのコーヒーカップと、飲み干した小さなガラス瓶を並べて置いた。

「短絡的でとんでもない女だったが、だからこそ見通しやすい女だったよ、君は。君が何を企んでいつ実行するのか、まるで手に取るように」

まるで、手に取るように。彼女が無理心中を考えていることも、彼女が毒を入手したことも、その毒に対する特効薬も。無理心中が失敗して僕だけが残る、今のこのシナリオでさえも、だ。

「簡単な話だったよ、君よりゆっくりコーヒーを飲んで、その後解毒剤を飲むだけの話だからな」

嘲笑混じりにそうつぶやくと、彼女が弱々しい反応を見せた。

「おや、まだ動けるのか。最後の力か?」

ようやく上げた顔には、口元に真っ赤な血筋と、燃えるような色の眼球が二つ。僕は思わずたじろいだ。

「多分、あなたが、思うより、事態は、複雑だわ」
「……何だって?」

途切れ途切れの声に、まるでホラー映画のような表情。

「知ってたの、解毒剤、持ってること」
「嘘だね。だったらこんなことはしないはずだ」
「……知ってたの、今、きっと、飲むこと」
「……何が言いたい?」

声は掠れているが、瞳の力は衰えていない。

「許すつもりで、あなたが、一人助かろうと、しなければ」
「……解毒剤を飲まなければ?」
「そう、私と一緒に、そう思ってくれたら、一人でも、生きていて。でも、あなたは、助かろうと。薬を飲んで、助かろうと」
「助かるさ、僕は。死ぬのは君だけだ」
「もう、だめだわ」

燃えるような瞳が僕を焼き付けようと、一瞬たりとも追跡の手綱を緩めないよう、じっと見据えている。

「解毒剤、だって、立派な毒。相対する、毒がないなら、単体では、毒なの」
「それがどうした」
「入ってなかったの。あなたの、カップには、入ってなかったのよ」

彼女の瞳から、薄赤い涙が流れ落ちる。

「あなたは、自分で、解毒剤のような、毒を飲んだの。飲まなければ、私を少しでも、哀れんでくれていたら、助かったのに」
「……嘘だ」
「嘘じゃ、ないわ。もうすぐ、私は、死ぬ。あなたと同じ、あなたも同じ、同じ死に方をする」

口元から、幾筋もの鮮血。

「……嘘だ。だったら君が死ぬわけがない。同じコーヒーメイカーからコーヒーを飲んで、君だけのカップに毒なんかが入っているはずが」

彼女の言う通り僕のカップに何も入っていなかったのなら、彼女のカップにだけ何かが入っているはずがない。毒は入っていた、どちらにも。僕が飲んだ薬は、解毒作用だけを示すはずだ。

彼女は、微笑んでいた。

「私が、飲んだのは、今じゃないの。さっき、一人で。あなたのために」
「……嘘だ」
「これが、私の、愛情。あなたのは、その、小さな瓶」

コーヒーカップ、飲み干されたガラス瓶。

「応えない、あなたへの、罰よ。私が死ぬまで、私を見ていて、あなたが死ぬ様を、震えながら、空想して」

やがて彼女は激しく咳込み、辺り一面に血飛沫を吐き散らした。かなりの量の吐血を繰り返しても、まだ彼女は静かにならない。

僕はまだ、じっとカップを見つめていた。彼女の、愛情。僕の、裏切り。小さなガラス瓶が鈍く光る。少し、鼓動が速くなってきた。まだ彼女は静かになれない。まだ、僕を許してくれない。

Fin.

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