monologue : Same Old Story.

Same Old Story

緩慢に

クローゼットの中で息を押し殺す。宅急便業者に扮した男が二人、我が物顔で室内を歩き回る。扉の隙間から、横たわった哀れな妻の姿がみえる。

(危ないところだった)

寸でのところでかろうじて抜け出した。数日前までは狭いながらも楽しい我が家だったが、今はもうそれどころではなくなってしまった。もはやこれは、目に見えない柵格子をそなえた巨大な檻だ。

(やつら、いつまで僕を探すだろうか?)

ひっそりと、彼らが諦めるのを待つ。

(しかし本当に諦めるだろうか?)

僕が外出している形跡を見つけられないとなれば、彼らは諦めないかも知れない。

(……やれやれ、だ)

彼らは決して、押し入り強盗の類ではない。立派な職業人……それも国家公務員だ。

(定期検査、か。飽きもせずによくもまあ……あまり、ここにいる意味はないな)

クローゼットの東側の壁をゆっくりと押す。音もなく開いた隠し扉は、僕を飲み込むとまたゆっくりと閉じた。

薄暗く狭い通路を抜けると、真っ白い小さな部屋に出た。小柄な初老の男がコーヒーを飲んでいる。

「おや、また急だな」

ロッカーの奥の隠し扉から現れた僕を、彼は大して驚きもせずに迎えた。

「定期検査だよ。すっかり忘れてた、危ないところだった」
「おお、そうだったか。猶予期間が延びてるからな、最近は」
「数が減ったからだろ?」
「まあ、な」

僕がつい今抜け出したのは、僕の家を、正確には僕の住んでいた家と町並みを再現した、収容施設のようなものだ。

「上の連中は慌ててるよ。何せこれ以上数が減ったら、種の存続が危ういんだ」
「いっそ終わりにしたらいいんじゃないか。もう限界なんだろう。"人間動物園" なんてこしらえて、これから再繁栄の見込みもないっていうのに」

人間は、もう随分と減ってしまった。原因は戦争でも飢餓でもなく、緩慢にすり減って、何もかもを維持できなくなったから、と考えられている。まあ、理由なんてどうでもいい。大切なのは、生き残ったほとんどの人間が収容施設、通称 "人間動物園" に集められ、ごく一部の階級によって管理されているということだ。演出された日常の中で、平凡に埋もれながら。

「緩やかに死滅する運命、と思うかい?」
「さあ、博士は?」
「さあな……もしかしたら、だが」

この男は博士と呼ばれ、動物園の管理を任されている。あの宅配業者に扮した男たちは、精巧なロボットだ。定期的に人間を気絶させ、記憶を消した状態のうちに身体に問題がないかを調査している。

「確かに、種の限界なのかも知れん。何をするでもなしに我々は減っている。気づかないうちに、な」
「管理階級だったはずの彼らも、か?」
「お前のこともな」

そして、僕もいまやロボットだ。あの宅配業者らよりさらに精密な、まるで人間そのものの。意志を持ち自由に動くことすらできる。

"人間動物園" は決して失敗ではなかった。絶滅危惧種を保護する意味では、成功といえる。しかし、人間が絶えつつある理由を、ある朝隣人が突然亡くなる理由を、解明するには到底至らなかった。手厚い保護の下なら、定期的な調査を行えば、減らないと考えたことが間違いだった。

「お前があそこへ入ってからどれくらいだったかな?」
「もう二ヶ月かな」

動物園の管理者である彼は、ある朝一人の男が予測しえず息絶えているのに気づき、すぐさま身代わり……僕を送り込んだ。

「検査に引っかかったらすぐにばれるんだ、気をつけてくれ」

結果彼は、管理階級を欺く格好になっている。意図は知れないが、種の最後を憂える彼なりの、人類に対するはなむけなのかも知れない。

「なあ、博士」
「なんだ」
「管理階級は、人類が絶滅しないと思ってるかな?」
「さあ……呑気に楽観視はしていそうだがね。実際に動物園に何人残っているか、知ったら肝をつぶすだろうな」

自分の後頭部に手を伸ばす。かすかに触れる人工皮膚の縫い目、機械の証。

「実際には何人残ってるんだ?」

僕を夫だと思っていた女のことを思い出す。

「さあな……」

僕は博士の後頭部に、先月あたりからか、見慣れない縫い目のような跡ができたことに気づいていた。

僕を夫だと思っていた女のことを思い出す。最後のイヴはまだ、眠りの中だろうか。彼女だけには、明日も同じ夜明けが訪れると良いのだけれど。

Fin.

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