monologue : Same Old Story.

Same Old Story

さようなら

冷たい風が吹き荒ぶ。僕は車内に戻り、窓を完全に閉め切った。あらかじめ施した細工のおかげで、今やこのセダンは完全な密室に近い。最後の窓に目張りを施し、これで完成だ。

「……寒いな、今日は」

自ら死を選んだ人間は、死後も地獄で責め苛まれ続けるという。救いを求めて命を絶つ人間は、どこへ向かえば願いが叶うのか?

「……同じ地獄なら、この世よりあの世の方がよっぽどマシだ」

エンジンを吹かす。

「さようなら、僕の人生」

排気ガスは車外に排出されず、徐々に車内に充満する。これも、意図通りの仕掛けだ。少しずつ、むせ返るような匂いが満ちる。僕はそれを、甘いとさえ感じていた。

さようなら、僕の人生。くそったれ。こんな酷い筋書きを続けるくらいなら、鬼でも悪魔でも相手した方が余程マシだ。

徐々に、意識が遠のく……。

『二十八番アウトー!』

瞬間、マイクの大音量と、強烈なスポットライトが僕に仕向けられる。ああ、しまった。

『二十八番、残念でした! ドロップアウトを選びましたね、失格!』

ああ、しまった。僕は競技中だった。

精神力の強さを武器に賞金獲得を目指す、新しいタイプの娯楽企画が流行っていた。昔でいうクイズ勝ち抜き何とか、みたいなやつだ。様々な試練を潜在的な精神力で乗り切る……疑似体験装置に打ち勝つことが目標の。

『惜しくも賞金は逃しました! またの機会にどうぞ!』

最終関門は、悲惨な人生の疑似体験。最後まで諦めずに奮闘したら勝利、莫大な額の賞金が手に入る。あまりにリアルな疑似体験装置……夢の比較にならないそれに打ち勝った人間は、未だ一人もいない。

「……やれやれ」

とはいえ、正直なところ、賞金なんてもうどうでも良かった。疑似体験とはいえ、体験中はまさしく自分の人生そのものに感じるのだ。あんな惨めな体験を数十年分味わうくらいなら、さっさと失格にしてもらった方が良かった。

僕は胸をなで下ろしながら競技開場を後にした。あんな人生が、自分の人生でなくて良かった。僕は、余程恵まれている。

「先生、その後企画はどうですか」
「今も大人気さ。賞金額から、参戦希望者が後を絶たない。週一回の開催じゃ追いつかないくらいだよ」
「それで、結果は?」
「全員敗北、苦い表情で帰って行くね。聞くところによると、その後見違えるような好青年となるようなやつも少なくないらしい」
「ということは、成功ですか」
「ああ。不真面目な連中が真面目になって、自分の境遇と人生に満足する。犯罪率どころか自殺率も下がったとか聞くがね」
「洗脳とかいう批判は?」
「実益が伴えば非難する声も小さくなるさ」

あんな人生が、自分の人生でなくて良かった。僕は、明日からも自分の人生を進んでいくための、確かな足がかりを得た気分だった。

Fin.

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