monologue : Same Old Story.

Same Old Story

個性失効

「それで、なんだい相談っていうのは」
「その、何から説明したらいいのか……まずは」

言いにくそうな話をようやく切り出したところで、やりとりは電話のベルに遮られた。

「ちょっと失礼」

薄暗く埃っぽい事務所に似合いの、骨董品のようなダイヤル式電話へと歩み寄る。ソファに残され話し相手を取り上げられた相談主は、どことなく安堵の面もちでため息をついた。ひとまずもう一通り整理できる、そう考えたのだろう。

「もしもし、こちら……ああ、君か」

私立探偵事務所に『ああ、君か』と言わせる電話の相手は、いったいどんなやつだろう? ドラマのようなくされ縁の相棒刑事か? それともただ、妻が夕食の献立について伺いをたてただけだろうか? ソファの男は鬱々と考えを巡らせる。

「……ああ。ああ、そう……そうだ。日取りを間違えないでくれよ。一日早くてもパアになるんだからな」

期日厳守の約束か。しかし、早いといけないとはあまり聞かない。野菜の収穫じゃあるまいし……どうにも、相談の内容はまとまりそうになかった。

「そう。じゃ、支払いは後々。無事に全部終わった後に」

十分程度のやりとりの後、契約内容を確認して受話器を置くと、私立探偵事務所の主は、男が掛けているソファの向かいに座った。

「失礼、別の依頼主から確認があって」
「いや、いいんだ」
「で、なんだっけね。古い知人の探偵事務所を訪ねるってことは、あまり多くの人に知られたくないことかな」
「ああ、それはまあそうなんだが……さっきの電話」
「うん?」
「早すぎてはいけない約束って何だい」

うーん、と腕を組んで唸る。しばらくの沈黙の後、古い知人だからな、特別だぞ、と断りを置いて、探偵は説明を始めた。

「行方不明者は、一定期間が経つと戸籍上死亡扱いにすることができるんだよ」
「……は?」
「生存が確認されたり、生存の可能性が高い場合はともかく、ね」
「……それが?」

煙草を胸ポケットから取り出しながら説明を続ける。

「夜逃げ屋じゃないけど、なんて言うかな、潜伏の斡旋とでもいうか。戸籍上死亡扱いになるまで匿う、なんて説明したらわかるか?」
「……何のために?」
「そりゃいろいろだよ。借金から逃げるのもあるし、複雑な事情で人生をやり直したいとか、何かから逃げてるやつもいる。ウスバカゲロウみたいに、ふっと消えたがるやつもいるけどね」
「でも、戸籍上死亡したら人生やり直すもないだろう」
「そこはコネだよ」

ふうっ、と煙をゆるやかに吐き出す。

「新しい身分を調達したりもできる。新しい土地で、まっさらなゼロからやり直し」
「約束の時間より早いといけない、ってのはそういうことか」

本当にいなくなるよりはいくらかマシだからこれも人助け、と調子よく探偵が言う。

「さて」

煙草を灰皿に押しつけながら尋ねる。

「用件はどういう?」

男は先ほどよりもいくらか複雑な表情で、実は、と切り出した。

「従姉妹の恋人が突然失踪したとかでね。最近鬱気味だったから心配してたみたいなんだが、どうも普通の失踪とは様子が違うというんだ。まるで長期旅行にでも出かけるように、荷物をごっそり周到に持ち出したらしくて」

探偵は呆れ果てたような顔つきで男を見ていた。心当たりはあるかい、と問われ、苦笑いしながら答える。

「あれほど言ったのになあ。よっぽど、いなくなるのが下手な客もいたもんだ」

そう言ってゆっくりとソファから立ち上がると、本棚に立てかけてある顧客簿のファイルへ手を伸ばした。

Fin.

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