monologue : Same Old Story.

Same Old Story

晴れた休みに

「おや、懐かしいな。十年くらい前の番組じゃないか」

よく晴れた休みの日。寝室から居間へ移った僕の目に入ったものは、遠い昔に見た記憶のある映像と、それに釘付けになっている娘の姿だった。

「懐かしいな。この当時は一悶着あってな」

娘は僕を意に介さず、真剣に見入っている。モニタの中では、ラウンドテーブルをはさんで数人の男がやりとりをしている。誰も彼も第一線の学者か何かで、一つの問題について討論していた、そう記憶している。

「この頃はまだ誰も答えが出せなくてな、よく言い争いになったもんだよ」

テーマは、いわゆる人口問題についての諸々だった。一人の男が檄をとばす。

『だからね、もうそんな段階じゃないって言ってるの。簡単な算数ができるなら、もう数年の猶予しかないことは誰にも明らかなことでしょう』
『じゃどうしろと言うんですか、あなたにも満足いく答えは出せないわけですよね』
『満足がいかなかったら何もしないわけにはいかないし、満足なんて誰が何のためにするんですか。猶予がないと言ってるでしょう』

例えば気候温暖化、例えば貧富格差、宗教対立、文化間の溝……とりわけ彼らを白熱させていたのは食糧問題についてだった。

『今までのやり方では間に合わないことは誰にもわかるはずだ』

さらに熱くなる。

「十年前のこととは思えないくらいに遠い出来事に感じるよ」

五年もすれば満場一致で解決する問題を、前衛的な学者と保守的な学者が言い争っていた時代。議論の余地があったと言うのか、まだ猶予があったからか。

「父さんの世代もこの頃は言い合ったりしたもんだ。お前はまだ小さかったからあまり覚えていないかも知れないが」
「…………」

娘は答えない。じっとモニタを見ている。

『あなた方もいつか僕と同じ考えに至るはずだ。数年……そう、五年後には』
「はは、この髭の男、まるで予言者だな」

娘は答えない。

『それにしたって、君のいうその方法は認可できない。その、なんだ、平たく言ってしまえばそんなもの』

一瞬反論が止み、男達を静寂が包む。

『間引きじゃないか』

娘が弾かれたように僕を見る、まるで睨むように。

「ねえ父さん、どうしてこんなことになっちゃったの? どうして誰も、きちんと反対しなかったの?」
「……ああ、そうか」

娘の手の中で握りつぶされかかった封筒を見て、ようやく僕は事態を理解した。僕の番がきたというわけだ。

「だから、こんな古い映像を引っ張り出してきたんだな」
「ねえ、お願い」
「……いいかい、これは皆で決めたことなんだ。そりゃ一見残酷なことのように見えるけど、調和が大事なんだ。持ちつ持たれつ、ってやつだ」
「お願い……」

娘は泣き出した。

五年前、ついに臨界点に達した問題を解決するためにそれは始まった。平たく言えば間引き、人為的な選別。限りある資源を十分に行き渡らせるためには、当時の人口は余りにも多すぎた。当初は反対の声もあがったが、やがて迫るあまりに希望のない未来と、選別の後に訪れた静かな安定には、誰も逆らうことができなかった。

「必要なことなんだ」
「絶対に間違ってる、こんなこと、これからも続くなんて正気じゃない」
「……例えば三十年後に見直したとき、やっぱりこの方法が間違いだったことになっても、それでも父さんは家を出て行くことを悔しく思ったりはしないよ。お前や母さんのためになるんならな、順番を守ることくらいどうってことはないんだ」

娘は泣き止まない。僕はそのことに少し胸を痛めてはいたが、何カ月かすれば慣れてくれるだろうし、何年もすれば納得してくれるかも知れない、そう思っていた。

「いつか母さんにも順番は回ってくるだろうが、それまで仲良くやるんだぞ」

とにかくよく晴れた休みの日だった。こんな日に仕事がなくて良かったと、僕はそんなことも思っていた。

「それじゃ行ってくる。元気でな」

いつかこの制度は批判されて闇に葬られるかも知れない。それでも、彼女たちのためになるんなら。

Fin.

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