monologue : Same Old Story.

Same Old Story

指の先から

「一年間お疲れさま」

慰労懇親会と称した飲み会で散々繰り返した台詞を、誰かに強制されたわけでない自然体な声で、彼女が僕に伝える。

「そちらこそお疲れさま。来年は宴会担当でなくて部長だしね」
「よろしくね、副部長」

居酒屋から駅までの道のり、火照った頬を刺すような風が冷やす。

「桜、咲いてないね」
「まだもう少しだろ。あと何日か、だろうけど」
「ねえ、『さくら』って映画覚えてる?」
「芸者が主人公の?」
「違うわよ、それは『桜吹雪』でしょ。女子高生が主人公のやつ」

他人には理解しづらい会話で、お互いのテンションが少しずつ上がるのを感じる。僕らが所属する自主制作映画研究会は、実際のところ定期的に自主制作映画の観賞会を行うばかりで、研究のケの字も存在していなかった。

「ああ、主人公の名前がさくらっていう、あれのこと?」

もっとも、大学のサークルなんてほとんどがそんなものだろうけれど。

「私あの映画好きじゃなかったけど、最後のシーンだけは極上だと思っててね」
「桜が舞うシーン?」
「そう、それ。それこそ『桜吹雪』が名前負けしてるみたいな」

初めて彼女と会ったのも、そういえば桜の季節だったか。

「名前負けの使い方、間違ってるよ」

有名な映画には興味がありません、と自己紹介で断言した彼女は、明らかに周囲の誰より熱を持って、浮いていた。

「なんだろ、競り負け?」
「語彙がないと脚本家志望は辛いんじゃない?」

からかい半分の言葉を、必要以上に受け止めて落ち込む彼女。僕は慌てて、別の話題を探そうとする。

「……来年は、部長。いよいよ映画の作り方を研究するっていうのは、どうですか」

ぱっと顔を上げて食いつく彼女。

「そう、私も思ってた! さすが副部長、わかってるね」

彼女が指を差し出す。鉄砲のジェスチャかと思えたそれは、猫の注意を引きつけるためのような、少し変わったかたち。

「あ」

有名な映画のワンシーンを思い出す。異星人とコンタクトをとるシーン。

「ね、知ってる?」
「知ってるよ」

最近まで知らなかったのは君くらいだろ、と小さくつぶやく。おあつらえむきに大きな月の下、指に指を合わせる。彼女が駆け出し、数メートル先で振り向く。

「私たち、もっとわかりあえるといいね!」

声が思ったより響くのに苦笑いしながら、僕も駆け出す。

「じゃ、こっちの方がいいだろ」

さっき触れた指先の、彼女の手をしっかりと握る。手のひらから伝わる体温。おあつらえむきに大きな月、なんて、決め台詞にどうかな、と思いながら。

「いかした脚本をよろしく」
「よろしく、副部長」

つぼみの桜の下、二人で駆け抜ける。

Fin.

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.