monologue : Same Old Story.

Same Old Story

専属

『金持ちの考えることはよくわからないよ』

先週久し振りに帰省したとき、古い友人に告げた言葉が思い返される。僕がある富豪の家へ住み込みで働くようになってから、もう五年になるか。僕の仕事は、単純に言えば、彼の娘専属の家庭教師であり、友人であることだった。

「君は本当によくしてくれて、私も助かっているよ」
「いえ、よくしていただいているのは僕の方です。大学院を出たての僕に、こんな恵まれた仕事があるもんだとは思いもしませんでした」
「娘も十五になった。君のおかげで、明晰で優しい女の子に育ったと思う」
「ええ、確かに優しくて賢い子ですが、それは僕の影響によるものではないでしょう。元々彼女はきっと、そんなところがあったんだと思います」

彼女が十歳の頃から、僕はこの屋敷の一室に住まわせてもらい、彼女に勉強を教え、彼ら家族と一緒に食事をとり余暇を楽しんだ。まるで家族の一員か、控えめに言っても近い親戚くらいの待遇だった。

『金持ちの考えることはよくわからないよ。どこの誰とも知れない一般人を、自分の家族みたいに迎え入れようっていうんだから』

大した人生経験も持たない僕が、年端のいかない女の子にどんなことを教えられるか、最初は戸惑いもした。父親の、ありのままに接して欲しいという申し出を受け入れてからは、何も迷うことなく常に自然体で振る舞うようにしていたが。まさしくそれは、家族や親類になるのと大差のないことだった。

「あれはもう、それほど道標を必要としないと思う。あとはあるがままに育っていけばいいと思っている」
「それじゃ、僕の役目もそろそろ終わりでしょうか?」
「……いや、君は単に教育係としての存在以上の何かを残してくれるだろう」

金持ちの考えることはよくわからない。こんな、どこの誰とも知れない一般人を。

「といっても、僕が教えることはもう」
「いや、まだまだあるさ。あの子も間もなく大人になる。君に対して特別な親近感を抱いているのじゃないか、そうだろう?」
「……というと」
「君に、恋愛感情を持っているのだろう。おかしくはないことだ」

彼の眼光が鋭くなるのがわかった。娘を守る父親の目だと感じた僕は、表情が強張るのをおさえて、あえて冗談めかして返答した。

「でも僕は、女性に恋を教えられるほどの男じゃありませんよ」

彼の眼差しは緩むことはなかった。

「ああ……いや、君からあの子へ教えてもらいたいのはそれではなくて」
「……というと?」
「恋心は追々覚えていくだろう、年頃になれば誰でも。しかし、長い連れ添いがいるというものはなかなか経験のできないことだ。その点君は五年間、とてもよくしてくれた。もう十分に整った、といってもいいだろう」
「あの、僕が教えることって?」

冷や汗が背を伝う。

「喪失だよ。大事なものを失くしたときの辛さをあの子に味わってもらいたいのだ。きっとそれによって、ずっと成長することができる。長い時間を一緒に過ごした、掛け替えのない何かを失くす、という経験によって」

彼の眼差しは緩まない。そのとき僕は、ああ、これは最初から計画されていたことなのだと悟った。そしてこれから、僕がどうなるのか、についても。

Fin.

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