monologue : Same Old Story.

Same Old Story

雨宿り

「やっぱりハッピーエンドがいいと思うわ、私は」
「どっちも変わらないよ。ハッピーでもアンハッピーでも」
「変わらないことないわよ、正反対って言ってもいいくらい」
「どうだかな」

雨を避けるために入った喫茶店は、私たちと同じ目的なのか、客でごった返していた。彼はカップから一口二口コーヒーを飲むと、少しためらいがちにそれを置いて、また同じ台詞を口にした。

「どうだかな。変わらないよ。スタッフロールの BGM がバラードかどうか、くらいには影響があるかも知れないけど」
「そんなことないわ。物語の本質もテーマも、そこに集約されてるんじゃないのかな」

私も同じ台詞で返す。映画もドラマも舞台も人並みにしか観ないけれど、彼とは十分も二十分も意見を戦わせていた。

「変わらないよ」
「変わるわ」

そのとき、隣の席に座った一組の男女、恐らく恋人同士が、声を荒げたやり取りをしていることに気がついた。

「彼ら、仲直りするかな? それともこれがきっかけで別れると思う?」
「わからないけど、仲直りしてくれた方がいいわ」
「どうして?」
「だって、後味が悪い感じにならなくて済むじゃない」
「赤の他人なのに?」
「赤の他人でも、よ。夢見が悪くならないに越したことはないわ」

やがて二人のやり取りは収まり、どうやら無事に仲直りを済ませたようだった。

「良かった」
「ハッピーエンド?」
「そうね」
「今日別れた方が良かったって後々思うかも知れないのに」
「ひねくれたこと言って。言い出したらきりがないし、死ぬまでわからないでしょう、そんなこと」

彼がまた、ためらいがちにコーヒーに口を付ける。

「そう、死ぬまでわからないよ、エピローグは。死んだらそれまで、ハッピーもアンハッピーも関係ない。ただ、そのとき周りにいた人間の、夢見心地に少しだけ影響を与えるくらい」
「まあ、極端な言い方をすればね……」
「目を閉じてみて」

彼の言うまま、目を閉じる。

「音が聞こえなくなると思って。ライツ・アウト、終劇だ。君は君以外のエピローグを忘れて、自分のエピローグに向かわなきゃいけない」
「何よ、それ」
「君は、今隣で起こったハッピーエンドを忘れる。来週の夕方までには、間違いなくね。僕のこともいつか忘れる。そうやって、自分だけの幕引きに向かう」

はっとなって目を開ける。そこには彼の姿はなく、隣に座っているのも、スーツを着た初老の男性一人だった。

「……白昼夢、なんて」

確か去年の今頃、今日のような天気の日に、当時の恋人とこの喫茶店に来たこと。今の今まですっかり忘れていた。誰もいない向かいの席と、窓の外を交互に眺めてつぶやく。

「そうね、ハッピーでもアンハッピーでも、やっていくしかないものね」

隣の男性が私をちらりと見て、また自分のカップに視線を落とした。私は鞄を手に、止みつつある雨の中を歩いて帰ることにした。

Fin.

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.