monologue : Same Old Story.

Same Old Story

独りになったら

三十かそこらのスーツを着た男女が一組、平日の昼の喫茶店で向かい合って座る。商談か逢瀬か不倫か、傍目にはどのように映るのだろう。

「そんなこと」
「冗談のつもりじゃないよ。多分、そうなると思う」

数ヶ月振りに呼び出されてみれば、青春ドラマも顔負けの青臭いことを言う。学生の頃に知り合ってから十数年、彼のそんなところはずっと変わることがなかった。

「親父が二年前に死んで、お袋も先が長くない。多分あと半年か、一年はもたないと思う。そうなったら僕は誰も身内がいなくなる……多分、そうなったら僕は、もう生きることを諦めるような、そんな気がする」
「諦める、って?」
「わからない。仕事をやめて家にこもるだけか、そこらへんで野垂れ死ぬか。子供が先に死ぬような親不孝さえしなけりゃ、あとはもう何も未練がなくなるんじゃないかと」
「……今年いくつになるのよ、高校生じゃあるまいし」

けれど彼は、十数年ずっと変わらなかった。両親がいなくなったら本当に消えてしまうかも知れないし、ともかく、これから訪れるかも知れない幸運や充実に未練を感じていないことは確かなのだろう。

「どうして私にそんなことを?」

当然の問いかけに彼は、これ以上ない不意打ちを食らったような顔をしてみせる。

「どうして、って」
「私に言ったら止められるとか窘められるとか、そういうことを期待してたの?」
「……ああ。いや、どうだろう」

決定的に足りないのは未練ではなくて常識なのだと、私は以前にも思ったことがあるはずだった。

「どうだろう。君なら、ちょっとわかってくれるかも知れないと思ってた。僕と君は、何となく似てるような気がしてたから」
「……そう」
「でも、そうでもないみたいだね。当たり前か。僕みたいに色々と放棄したがってるようなのが、親不孝にだけ未練を感じてまだ踏ん張ってるなんて、ちょっと滑稽だね」

半年後に死ぬかも知れない、とさらりと言ってのけた男が、今度はいたずらの計画が見つかった子供のように照れて笑う。

「恋人とか、そういうのはいいの?」
「いや、うん、僕には縁のない話だろ」
「一人息子が結婚もしないなんて親不孝じゃないかしら、孫の顔は間に合わないにしても」
「でも、それは……」
「都合のいいところだけうやむやにする。そういう人を作らないのは、自分がいなくなる段になって面倒を起こしたくないからでしょう」
「…………」
「そうよね、そんなしがらみができちゃったら、親がいなくなって天涯孤独になれたのに、独りどこかで野垂れ死ぬなんてできないものね」
「……参ったな」

照れ笑いが苦笑いに変わる。

「全く、君の言う通りだ、僕は」

ここが押し所だと、頭の中で誰かが叫ぶ。

「ただ独りになりたいだけなのかも、ね」
「親不孝だ何だって仰々しい……あの、さ」
「うん?」

彼の照れ笑いよりもずっと、自分が上気しているのがわかる。

「半年か一年か、名前、貸してあげてもいいわよ。その、お母さんに晴れ姿、見せてあげられればそれに越したことはないでしょう」
「……そりゃ、そうだけど」
「それで、半年か一年か、お母さんがもしも亡くなったら、その後のことはそのときに考えればいいじゃない」

また、一段と。

「もし、良ければ、ずっと一緒に暮らしたって」

呆気にとられた顔で、やがて、何とも表現し難い表情で笑う。

「はは、君からプロポーズされるなんて」
「私みたいのが守ってあげなきゃ、だめになっちゃうでしょう」

本当は、守られたいのは、救われたいのは私なのかも知れない。彼の言う彼の未来、肉親が一人もいなくなればそのままどこかで野垂れ死ぬなんて、私がずっと漠然と抱いていた不安そのもののような気がした。それを難なく言いのける彼なら、私と密かに支え合っていけるかも知れないと、そんな気が。

「じゃあ、その、ひとまず、半年か……」
「ひとまず、ね」
「ひとまず、よろしく」

何とも表現し難い表情で、二人笑う。

Fin.

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