monologue : Same Old Story.

Same Old Story

ベッドの下の男

「だからそんなの絶対嘘だって」
「そんなこと言い切れないじゃない、そうだって言う人がいるんだし」
「友達の友達、とかでしょ? 都市伝説だよ都市伝説」

上司へ抗議するかのように反論する彼女を横目に、リモコンを手に取りテレビの電源を入れる。

「そんな事件が本当にあったんなら、もっと共通したディテールがあるはず」
「十分じゃない、これだけはっきり言い伝わってるんだから」
「どこの誰、ってのがはっきりしないじゃないか」

彼女の話は、ずっと昔から伝わっている類のありふれた都市伝説、怪談だった。夜、自室へ泊めるため友人を招き入れたある女の子が、友人の執拗な誘いにより再度外出したところ、血相を変えた友人がこう言ったのだという。

「ベッドの下にナイフを持った男が隠れてた、って?」

馬鹿馬鹿しい、事実のはずがない。

「そんなこと言い切れないじゃない」

彼女の反論はまた同じ道を巡るようだった。僕は小さなため息をつき、改めてなんとか彼女を説き伏せようと試みる。

「半径三メートルかそこらの空間に人がいたら、どことなく気配を感じたりしないものかな?」
「友達を連れてきたから、その気配と混同して気付かなかったのよ」
「その友人だけは、ナイフを持った男に気付いたのに?」
「それは、その、鏡に反射でもして男が見えたのかも」
「男からも友人が見えたなら、何もしないで隠れてるだけなんてちょっとおかしいんじゃないか。わざわざ逃げていくのをじっと待つのも妙だよ」
「男の後姿が見えたんでしょう。友達と外出して、女の子が一人で戻ってくるのを期待して待ってただけのことかも知れないし」
「後姿でナイフまでしっかりと見える?」

一瞬言葉に詰まる彼女を見て、畳み掛けるように文句を並べる。

「大体、その友人も女の子もおかしいよ。そんな状況にあったらこっそり逃げようとするより思わず叫ぶだろう。必死に連れ出そうと友人が取り繕ったとしたら、不審に思ってどうかしたのかって一言聞きたくなるのも当然だと思うけどな」
「それは……」
「だからやっぱり都市伝説だよ。よくあるようなパターンだろ」

テレビが今日のニュースをダイジェストで伝える。

「ほら、実際の事件だってパターン化してはいるけれど、君の話よりは真実味があって、どことなく合理的だろ」

そこへ、僕の家の近所と思しき風景が映し出される。

「あれ。昼間僕が行った通りの……」
『……被害者はマンションの一室に独りで住む女子大生で、浴室から遺体が発見されたとのことです。警察では被害者と付き合いのあった男性の行方を追うとともに……』
「おい、待てよ。彼女の部屋、僕が昼間に訪ねたところだよ」
「はあ? どうしてニュースの被害者の家なんか訪ねてるのよ」
「違うよ、忘れ物を届けに行ったんだ。そしたら」

確か、背の高い男が出てきて言った。彼女は今ちょっと出かけているからまた今度にして欲しい、取り込んでいて手が離せないから、申し訳ないが部屋には入れられない……。

「その男が犯人だって?」
「かも知れない、だって彼女昨日までは大学に、そうだ、もしかしたら僕が訪ねたときに殺されて……」

冷や汗が額と脇の下を伝う。鼓動が速くなるのを感じ、眩暈がひどくなっていくのを感じた。なんてことだ、僕はまさか、殺人犯と殺人現場を、日常生活の合間に横目で見過ごしていたっていうのか。

「いや、もしかしたら彼女、そのときにはまだ生きて、僕が気付いてやれれば助かったかも……」

途端に、彼女が大声を上げて笑い、僕はそれに慄き身構える。

「何言ってんの、馬鹿みたい。そんな都合よく推理ドラマみたいな場面に出くわすわけないじゃない」
「でも、だってニュースで」
「サスペンス映画の観すぎじゃないの」

そう言って彼女は僕からリモコンを取り上げ、乱暴にテレビの電源を落とした。

Fin.

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