monologue : Same Old Story.

Same Old Story

落陽

指先に伝わる、冷たい感覚。

「おめでとう!」

口々に祝いの言葉を並べ立てる。絵に描いたように鮮やかな青の空の下、薄茶色のレンガと真っ白なタイルで構成された、西洋づくりの教会で挙げられる小さな式。ごく少数の友人と親族と関係者を集めた、ささやかな結婚式。当人たちがこれから歩んでいくであろう人並みで穏やかな幸せを表現して、なんて、仲を取り持った友人らが雑談しているのを耳にする。

(人並みで穏やかな、か)

僕は誰と話すでもなく、振舞われた料理をあれこれと突付いていた。一通りの儀式らしい儀式は終わって、幸せな二人が訪問客らに次々と質問を浴びせられている。僕はそれを遠目に、バイキング用の皿とシャンパン用のグラスを抱えて、見るともなく見ていた。

(どうしてだろうな、女の子っていうのはこういうときに)

まるで今さっき産まれてすぐに成長したような、無垢で穢れのない、神々しい存在のようにさえ見えてしまう。純白のウェディングドレスがその感覚をより強くさせているのだとしても、誰もが生娘に見えるようなこの感覚は、僕にとっては少し異様なものだった。

(未来の旦那以外には一時たりとも心を許さなかった、なんて)

そんな、穢れのない、幸せな表情。

「おめでとう!」

次々に手渡される花、祝いの言葉、取り巻く友人の笑顔、笑顔。食傷でも起こしやしないだろうかと思ったとき、新婦と目が合った。彼女は悪びれる様子など一切みせず、屈託のない笑顔を投げ返した。

(君は、僕が)

新郎と腕を組み、ポーズを取り、フラッシュがたかれる。

(僕が、君を祝うと思っているのかな)

彼女が結婚することを職場で発表する三ヶ月前、それから結婚を発表する前日までの三ヶ月間、僕と彼女は、世間に顔向けできないような関係にあった。彼女は恐らく、軽いマリッジブルーのような状態になっていたのだろう。はけ口として、職場の同僚を浮気相手に選んだ。

(……馬鹿馬鹿しい)

火遊びに本気になって痛い目を見るなんて、自分の身に降りかかるとは思ってもいなかった。その上、彼女の結婚式にも呼ばれるだなんて。もちろんそれは、職場で僕だけ呼ばれないというわけにもいかないから、だろうけれど。

(君は、僕が祝福するだなんて本気で)

男が嫉妬に狂うほど醜いことはないのだろうし、叶わないことをいつまでも待ち続けるほど愚かなこともない。僕は彼女とのことを遊びだったと割り切って、すぐに切り替えるべきだった。

(本気で?)
「おめでとう!」

もちろん、思い通りにいかないことなんて、世の中には腐るほどある。僕は、それも自分に降りかかるとは、思いもしていなかった。

「……やあ、おめでとう」

彼女に歩み寄る。

「ありがとう」

彼女のことを忘れられなかった。三ヶ月の間僕は、可能性の低い未来に期待してやまなかったし、その後から今日まで、何も色褪せないことに絶望しっぱなしだった。これだけ彼女のことを想っていたのだから、もうどんな結末になっても、誰か……例えば僕らの関係を知った百人のうちの一人くらいは、僕のことを、僕の行動を理解してくれるような、そんな気がしていた。

「ねえ」

ポケットから、冷たい感覚を引き摺りだす。拳銃のかたちをした鉄の塊。冷たい感覚が空気を通して伝播したように、彼女と、その周りの全ての人間が凍りつく。

「もし君が僕と逃げるくらいには僕を愛していなくて、僕がこれから苦しむ姿を見たくないくらいには愛してくれるなら」

拳銃の握り手を彼女に差し出し、銃口を僕に向ける。

「今、撃ってくれるかな」

君は僕が祝福すると思っていたのかな、と、僕は言わなかった。醜い嫉妬も場違いな絶望も幼稚な動機も、全部すぐに終わるのならそれで良かった。僕が何も言わない数秒、もしかしたら十数秒の間、彼女は、つい今まで彼女の周りで祝福の言葉を述べていた人たちと同じように、何も言わずに凍りついたままだった。

「ありがとう」

拳銃の向きを変えて、右手に握り込む。銃口は右のこめかみへ。

彼女のドレスは純白でなくなるだろうか? ふとしたことが頭をよぎったけれど、それはもうどうでもいいことだった。僕のいない世界で彼女が幸せになろうが不幸せになろうが、それはもうどうでもいいことだった。ただ、死ぬまで僕のことを忘れずにいてくれるなら、それはそれで僕にとって救いになるのかも知れなかったけれど。

祈りながら引き金を引く。空の青、レンガの薄茶、タイルの白、ドレスの白。僕のよこしまな心が、せめて誰かの記憶に残りますように。

Fin.

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