monologue : Same Old Story.

Same Old Story

入り口に立つ

「本当なんだよ、信じてくれよ」
「動機もなしに人殺しなんてするやつがあるか」
「仕方がなかったんだ。俺は、彼女を殺させられたんだ、彼女自身に仕組まれて」
「どこの世界に、ストーカーに自分を殺させるよう仕向ける女がいるんだ」

薄暗い取調室で、初老の刑事が深いため息をつく。調書に筆を走らせていた若い刑事が一瞬彼の顔を見やるが、すぐにまた視線を落として記載を続ける。格子がはまった窓からの西日を背に、容疑者の若い男は続ける。

「その、つけ回しだって僕の意思じゃなかった。僕はずっとストーカー役をやらされてたんだ、全部彼女が仕組んだことで」
「……全く、もう少しマシな言い逃れは出来んのか。お前が大学構内で彼女の後方をついて歩いていたのを、たくさんの人間が目撃してるんだ」
「それも彼女が仕込んだんだよ。僕は彼女の指定する時間、指定する場所にいるよう脅されてたんだ」
「それが……本当だとして、どうしてそんなことを?」
「彼女が僕のストーカーだからさ」

さっきよりも深いため息をつき、今度は初老の刑事の方から若い刑事へ視線を送る。それに気付くと目を合わせ、二人打ち合わせたように苦笑いをする。

「荒唐無稽な話だ」
「だろうな、彼女はなかなか尻尾を出さないから」
「彼女がお前のストーカーだったとしたって、どうしてお前がストーカー役をやらされるんだ?」
「僕がなびかなかったからだろう。彼女が付け回すんじゃ彼女の評判が悪くなるだけだから、僕の評判が悪くなるよう差し向けて、やめて欲しければ私と付き合え、って」
「…………」
「そうやって僕を操って満足してたんだ」
「……どうしてお前は彼女の要求に従う?」

今度は容疑者の男がため息をつく。表情は陰になって、無機質な印象だけを与える。

「……人質をとられてたんだ」
「ほう、誰を?」
「僕の両親を」
「さっきお前が、三ヶ月前に事故死したと言った?」
「利用された挙げ句に殺された。僕がいつまでも聞き入れなかったから、事故に見せかけて」
「……それで、人質を殺されて、復讐のために彼女を? 証拠もないままそれをやったって、それは仕組まれたことだとは言わないな」
「違うんだ」

飛躍する話の筋を手放さないようにしながら、初老の刑事は手帳へ素早く書き付けて調書の上に置く。若い刑事は受け取ったメモに書かれた『精神鑑定』の文字を読み取り、インターホンでどこかへ伝達をする。

「何が違う?」
「両親を殺されて僕は、あろうことか安心していた。もう彼女の要求に従い続ける必要はない、解放されたんだ、なんて」
「後を付いて回ることがそんなに苦痛だったのか?」
「あんたが僕を信じるんなら全部話すよ、僕が何をやらされたか」

薄気味悪く微笑む容疑者の表情に一瞬ひるんだが、咳払いをひとつすると威厳を取り戻した格好で、刑事は続けた。

「それで、解放されて?」
「とんでもなかった、もう関わらずに済む、なんて。彼女は今度は僕の身体に」
「……身体に?」

供述が止まる。なかなか出ない次の言葉に、若い刑事も容疑者を見る。表情は変わらず陰になっていたが、泳ぐ視線と震える口元から、嘘を考えているわけではないのだと、初老の刑事は考えていた。どちらかといえば、表す言葉を探しているような。

「なんて言ったらいいのか」
「焦ることはないだろう、整理して話しても構わん」
「……多分」

また言葉が止まるが、今度の沈黙は短かった。

「多分、爆弾とか毒とか、そんなものが僕の身体に埋め込まれた。彼女は人質がなくなっても僕に要求を続けた、あのときのまま、僕が従うことを確信したままの表情で。僕は直感的に、彼女が僕の命を手玉に取っているとわかったんだ」
「……それで?」
「彼女に問い詰めたら正解だと言った、笑って。彼女の身体にも発信機のようなものが埋め込んであって、一定期間その電波を受信しなければ、僕の身体の中の……何かが作動して死ぬ。そのときには、彼女の装置も作動して死ぬ、と」
「それで、自棄になって殺したのか?」

陰になった表情から涙がこぼれる。

「そんな無理心中なんてごめんだ」
「だが、彼女を殺しちまったらそのうちにお前も死ぬんだろう」

容疑者の男が、ため息をつく。

「いいんだ、もう悲しむ身寄りもない。彼女の思い通りにはなりたくなかっただけのことさ」

舌を出し笑って見せる、その舌には無色のカプセルが乗っていた。

「待て!」

刑事が飛びつく前に男はそれを飲み込み、吐き出させようと口に手を突っ込まれる間に数度痙攣すると、ぴくりとも動かなくなった。

「……被疑者死亡だ」

若い刑事がインターホン片手に尋ねる。

「解剖しますか? その、装置、みたいなのが身体の中から見つかるかどうか」
「見つからんよ、多分。誰も信用しないだろうしな」
「調書はどうしましょうか」

メモ用紙にでも、と口にしかかったとき、取調室の入り口に精神鑑定のための係員が現れたことに気付いて、初老の刑事はまた苦笑いをしながら、若い刑事の肩を叩いて入り口の扉を開けた。

「ようこそ、迷宮入り事件現場の入り口だ」

Fin.

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