monologue : Same Old Story.

Same Old Story

もう少し

「もう少し、待ってもらってもいいですか」
「はあ、でも、長いことここに居座るわけにも」
「あと二分でいいんです」

二十二時、駅前のタクシー乗り場。おかしな客を拾ったものだ。標識の下で、次の順番待ちの客が怪訝そうな顔をして車内を覗き込んでいる。次のタクシーが入ってこれないから早く出よ、と無言のプレッシャー。

「どうも、すぐ出ますんで」

彼に作り笑顔で挨拶を投げ、座席へ座り直しシートベルトを締める。時計に目をやる。あと三十五秒、三十四、三十三……律義に数える僕に気付いてか、後部座席の彼女が言う。

「運転手さん、もういいです」
「そうですか。じゃ出ますよ」

タクシー乗り場から一般道への迂回路をぐるりと回る。

「誰かご一緒する予定でも?」

彼女がいったい誰を、何を待っていたのか気になり、ついはずみで尋ねた。彼女はちょっと俯いて憂鬱そうな顔をして、ミラーでそれを確認した僕は聞かなきゃ良かったと後悔した。

「大事な人が、来るかもと思って」
「……もう少し待たなくても?」
「次の人に急かされてたじゃないの」
「ああ、そりゃまあ」
「……いいの、来なかったから。来なくて良かったの」

車内に沈黙が訪れる。彼女は早口で目的地の番地を告げると、貝のように口を閉ざしてしまった。夜道を突き抜けるように車体は滑っていく。

やがて彼女の指定の番地に着く、が、そこはどう見ても人の気配のない空き家だった。

「……あの、本当にここで?」
「間違いないわ、ありがとう」

手早く会計を済ませ、ドアの隙間をすり抜けていく。家に向かって数メートル歩いたところで、彼女は突然振り向いて言った。

「運転手さん、私のこと覚えててね」
「……はあ?」
「明日にでも、新聞に載るかも」
「それって、どう」

はじめて彼女が微笑む。

「今、刺してきちゃった。大事な人。誰か追いかけてくるかと思ったけど、そんなこともなかったね」
「……まさか」

それだけ言うとまた振り返って、小走りに建物へ向かい、夜の闇に溶けてしまった。

「……まさか、ね」

もしかして彼女はこの空き家に住んでいた人の幽霊じゃないか、なんてことを考えて、会計に差し出されたお金を数えてみる。それを本物だと確認したあと、最初に少し待って欲しいと言った横顔を思い出す。笑い飛ばすために少し強くアクセルを踏む、これがたちの悪い冗談であることを祈りながら。

Fin.

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