monologue : Same Old Story.

Same Old Story

二人の絆

結婚した当初は、それはそれは上手くいっていた。これからの人生、これがずっと続くのではないかと、お互いにそんな勘違いもしていただろう。そんなことは本当にただの夢物語で、たった数年、十年にも満たない数年で泡と消えてしまった。僕と妻は、絵に描いたような倦怠期で、顔を合わせれば皮肉を言い合うような関係になっていた。子供でもいれば、少しは違ったのかも知れないが。

「あなた、たまには家事のひとつでもどうなの?」
「君こそ、亭主の収入に文句があるなら働きに出てみたらどうだい」

そんな擦り減らすような関わり合いばかり続けていて、僕はすっかり疲れ果てていた。何かきっかけでもあれば、離婚なんてものも考えてしまうほどだった。朝、皮肉のやり取りを終えて、通勤の列車に乗り、深くため息をつく。

「あの、何か」

隣の席に座っていた初老の男性が、うなだれ沈む僕に声をかけた。

「余程思い詰めてみえるようですが、何かお困りですか」
「いえ、その、特に。私事ですから」
「相当のことのようですね、まるで身投げでもしそうな様子でしたよ」
「はは、そんな」

そんなことは、と言おうとして、自信を持って応えられないことに気が付く。精神的に、よっぽど追い詰められているらしい。

「差し支えなければお聞きしますよ。誰かに話すだけで随分と楽になる」
「……その、実は」

その男性に言われるがまま、僕は、自分の身の上を少しだけ話すことにした。倦怠期の妻と消耗戦を続けていること、言ってしまえばただそれだけのことなのだけれど。その男性は、ありふれた痴話にも思われるような話を、真剣な表情で聞いてくれていた。

「なるほど、中々難しいことのようですね」
「いや、まあそうなんですけど、どこにでもあることで」
「私にできる力添えでしたら」

彼がそう言いかけたところで、電車が目的地へ到着した。人の波に押し流されるようにして、彼に挨拶もせず僕は電車を降りたが、彼が力添えをすると言ったことがどうにも頭の隅に引っ掛かっていた。

「ただいま」
「お帰りなさい。お隣にご夫婦が越してみえたわよ」

家に帰った僕を迎える彼女は、いつもと変わらない様子で淡々と話す。僕は、初老の男に言われたことをずっと考えていた。

それから一週間ほどしたある日、妻が神妙な面持ちで僕に話を持ち掛けた。

「ねえ、その、ちょっと」
「どうしたんだ」
「お隣のご夫婦のことでね」

そわそわというかもじもじというか、彼女のこんな表情はここ数年来見なかった気がした。

「なんだかその、あまりいいご夫婦じゃないみたい。夜中に大きな音を立ててごみを出すし、挨拶してもそっけなくていつも不機嫌で」
「ああ、そうだね。僕も奥さんを見かけたけど、酔っ払って大きな買い物袋をいくつも下げて、大声をあげて玄関を叩いていたよ」
「その隣の人たちを見て、馬鹿馬鹿しいと思ったの」
「馬鹿馬鹿しいって、何が?」

視線を逸らしたり元に戻したりする彼女。僕も、何だか腹に落ち着かないものを抱えたような気分だった。

「あなたに小言ばかり言っていたこと。こんなこと言ってはいけないけれど、お隣の旦那さんに比べたら、あなたって真面目で丁寧なんだって」
「……僕も、君に文句をぶつけてばかりですまなかった。君は浪費癖もないしお酒も飲み過ぎないし、家のことをよくやってくれてる」

少しだけ頬を赤らめてうつむく彼女を見て、僕は、自分の中に懐かしい気持ちが湧き起こるのを感じた。彼女と結婚した頃、ずっと守っていきたいと思っていたものが、また芽生えたような。それと同時に、一週間前に電車で会った妙に気になる男の台詞と、急に引っ越してきたお隣夫婦のことを考えてもいた。ただ、二人に絆が生まれた今、そんなことはどうでもいいことだった。

Fin.

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