monologue : Same Old Story.

Same Old Story

どうしようもなく

世界が平和にならないのは、世界中の指導者が無能だからだろうか。宗教や人種の間で争いが絶えないのは、経済体制によってお互いを憎み合うのは、性別や出身地や親の名で諍いが起こるのは、誰が悪いからだろうか。もちろん、万能の答えもなければ万能の結末もない。僕は僕の良いと思う結末に向かうしかないのだし、それを妨げるのが僕以外だとしたって、そこに悪の黒幕が必ず控えているわけじゃない。

「わかってる、そんなこと」

小さな頃に楽しんだゲームのように、物事は単純にはできていない。敵の親玉を倒せばハッピーエンドではないし、一区切りがついても、その後に延々と人生は続いていく。僕は、最良の選択をし続けなければいけない。どこかで諦めることはできないし、気を抜くこともできなければ博打に出ることも難しい。

「わかってる、そんなこと」

けれどそれも、限界に近付いていた。数十年続けた自分の人生は、あっという間にどこかから吹いた風に流されそうになっていた。政治がどうの信条がどうの、ということには無縁でいたつもりだけれど、身の上に降り掛かる以上は、他人事ではいられないことがよくわかった。

「どうしようもない」

明らかな失策、失政、汚職と癒着と無責任と茶番劇。順当に運営できていたはずの会社はあっさりと潰れ、僕を支えてくれていた妻は蒸発してしまった。長く付き合いのあった直属の部下が、彼女を連れて逃げたような噂を聞いたこともある。どのみち、取り返せないことではあるけれど。

「どうしようもない」

平和で安穏としていた頃が懐かしい。戦争やテロリズムを対岸の出来事だと思っていた頃が懐かしい。身の上に降り掛かるまでは、他人事だったのだ。

ナイフという単純な凶器を手にし、やり場のない感情を捨てあぐねている僕は、傍から見るには狂気の沙汰でしかなかった。誰が悪いのでもないけれども、誰も責任を取らないのはおかしい。政治がどうの信条がどうの、ということは、まだ僕の理解の範疇を超えているかも知れないけれど、僕一人でどうしようもないことを解決するには、僕一人くらい吹き飛ばすほどの権力を持つもの、に依らなければならない。

「捕まってもいいな。反逆罪とかで死刑になってもいい」

この国の政治家の一番偉い人物、その男に一矢報いる。もちろん上手くいかないだろう。僕は取り押さえられるかその場で射殺でもされるかも知れない。生き延びたら、メディアのインタビューになんて答えようか。少しでも僕のような人間がいる今の世の中を話そうか。妻に帰ってきてくれとでも言おうか。妄想めいたことを繰り返しながら、その人物がいるであろう場所へ赴き、仕事の合間に現れるのを待った。案の定、彼の周りには屈強な黒服が何人も何人もいた。

「無理だなこりゃ」

諦めなきゃいけないけど帰れないな、なんて思いながら、右手に持ったナイフを隠すことなく、大股で彼に近付く。黒服の一人が僕に気付き、隣の黒服の肩を叩く。ここでゲームオーバー、と思ったが、そうはいかなかった。

「……どういうことだ」

黒服のうち数名が僕に気付いたが、彼らは僕から目を逸らし、僕と政治家を結ぶ直線上からそっと身を引いた。まるで、障壁になることを拒むように。政治家は僕に気付かないまま、記者か誰かに熱弁を振るっている。

「……そういう、こと……かな?」

僕に、やれ、と言いたいのかも知れない。記者の一人も僕に気付いたように見えたが、すぐに目を逸らした。誰もが革命を期待しているとして、果たして僕にそんな大役が務まるだろうか。ともあれ、手にしたものを引っ込めるわけにはいかない状況になっているようだった。僕は抜き足で彼らに近付き、本当にどうしようもなくなってしまった自分の身の上を考えて、力なく笑いを浮かべた。

Fin.

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