monologue : Same Old Story.

Same Old Story

昼休みの告白

「ねえ、神様とかそういうの信じる?」

ああそっちの方か、と、僕は声にしないまま落胆を飲み込んだ。職場の女の子に声をかけられ屋上へ連れて来られ、少し古臭いけれど色気づいた話題かと思えば、神様とか多分宇宙的な話題とか、うまくいって厄除けのグッズを勧められ、悪くすれば勧誘と多額のお布施を要求されるんだろう。

「ああえっとどうかな、よくわかんないかな」

自分でも情けないほどに棒読みになってしまう。今時屋上に呼び出して告白なんてしやしないのだろう。職場内恋愛ってのも古いのかも知れない。よくよく考えれば、この子に食事に誘われたこともなければ携帯電話の番号も知らない。

「どうだろ、よく考えたことないんだよねそういうの」

一言も口にせず黙ったままこっちを見る彼女に、間が持たずまた棒読みを繰り返す。彼女を訝しんでいることを、彼女も覚っているだろう。突然逆上して何かとんでもないことなんてしやしないかと、取り繕うしかしていないのに冷や汗が背筋を流れる。もし、もしも万が一、屋上から飛び降りるだのいう騒ぎになりでもしたら、これからの仕事にどうしようもない支障をきたしてしまうだろう。

「その、そういうことじゃなくてね」
「いやごめんね、あまり俺そういうの詳しくなくて」
「あの、誤解してるみたいだけど」
「いや、俺学校の成績もよくなかったしさ」

彼女は彼女で何やら取り繕いはじめ、こっちはこっちで踏み込まれまいとさらに取り繕う。お互いが余所余所しく棒読みを続けるこの会話は、傍から聞いてみれば随分滑稽なものに違いない。

「だから、そういうことじゃなくて!」

一瞬彼女が声を荒げ、思わず黙り込んでしまう。

「ごめんなさい、大きな声出して。あまり時間がないから、知って欲しくて」
「……知って欲しいって、何をだよ」
「神様とか、その……なんて言ったら誤解なく伝わるのか」

思わず視線を逸らし、足元を泳がせる。彼女は言葉を探しているようだったが、どうにも着地点を見失ってしまったように見える。このまま黙ってあと数十分やり過ごして、昼休み終了を待つのが無二の策かも知れない。

「……見てもらえたら」

ふと彼女がこぼれるように話し、思わず視線を向ける。

「……なんだよこれ」

彼女の背後に薄ぼんやりと、大きな板状の光が広がっていく。後光とでもいうのか、半透明の照明のようなそれは、段々と小さく彼女の背中あたりに収まり、光の色合いを強めていくようだった。頭の中を未知の情報が駆け巡り、いくつかの単語を浮かべた途端、それを口にしてしまっていた。

「羽根」
「……そう、そうみたいなの」

彼女はためらいがちに微笑んだあとにそう言い、今度は悪戯っぽく笑ってみせた。

「私、天使か何かになっちゃったみたい」

そう言うと、彼女の足元が何か風に巻き込まれ、一瞬ふわりと浮かぶ。

「おい、聞こえてるのか!」

そのとき背後からあがった男の声に、気をとられ振り返る。同僚が僕を見据え、怪訝そうな顔をしている。

「さっきから呼んでるのに、大丈夫かお前」
「えっ」
「休憩中に悪いけど部長が呼んでるから、って……顔色悪いけど大丈夫か」
「お前、今彼女が浮いてるの」

舌を噛みそうになりながらそう言って振り返ると、そこに彼女の姿はなかった。

「……あれ、どこに」
「彼女って誰だよ」
「俺の後ろの席の子だよ。さっきまでここに」
「……後ろの席って半年前から空いてるだろ」

彼の言葉に一瞬戸惑わされたが、言われてみればそうだったような気がしていた。だとしたら誰に呼ばれてこんなところへ来て、ファンタジーみたいな不思議なものを見たのは一体どういうことだったのか。つながらない点と点をたくさん抱えたような気分のまま、放心したように立つ。

「俺、天使見ちゃったかも」
「そうか。仕事しろよ」

同僚は僕の肩を叩いて階下へ降りていった。昼寝でもしていたと思われたのだろう、無理もない。彼に続いて職場へ戻ろうとしたとき、日差しの光に交じって彼女の声が聞こえたような気がした。

Fin.

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