monologue : Same Old Story.

Same Old Story

チャイナ・カフェ

僅かに間接照明で照らされる、酒や料理や会話を楽しむ人々の表情。それほど広くない店内には、ほとんど同じ割合で従業員と客が入り混じっていた。ショットグラスをならべたバーカウンターから少し奥へ行けば、簡易式のルーレットとビリヤード台がひとつずつ置いてある。ボーイとバーテンダーを除けば従業員は女性ばかり、ホステスのようなものばかりだった。

(あとは、オーナーか)

先代から三ヶ月前に店を引き継いだばかりの新米オーナー。自分の新しい肩書きを思い浮かべるたび、どうもむずがゆいような気分になる。一般企業の事務職から夜の街の少し違法な店のオーナー、なんて、華麗な転身とはとても言えない。

めっぽうやんちゃなところがあって、夜の街に通じていて事業も起こした兄から店を譲り受けたとき、くれぐれもと忠告されたことがいくつかある。ひとつは、表立って店を視察するようなことをしない、ということ。もちろんこの店が、賭博なんて危ない橋を渡りかけているような位置にある、ということもあってだが。

(ボーイ、バーテンダー、オーナー)

頭の中で慣れない肩書きを復唱する。この店にいる従業員はそれらを除いて全て女性、そして全て不法滞在者と呼ばれる外国人ばかり、でもあった。

(この仕事、向いてねえよなあ)

何度も思ったことを再び思う。兄はそれなりのやり手で、不法滞在者を目ざとく引き入れては、彼女らの弱みに付け込むようなかたちでもって働かせていたようだった。ある基準の仕事をこなすこと、借り入れ金として設定された金額を返済すること、それをこなせば上手く匿って仕事を与えるというのだ。

「ねえ」
「こんばんはオーナー」

そしてそのシステムは雇用主と労働者という以上に完全な主従関係を作り上げ、彼女らは僕の機嫌を客のそれ以上に窺うように躾けられていた。

(向いてねえなあ)

三ヶ月前まで一般企業で経理なんてこなしていた僕にとっては、そんな視線で人から見られたことなんて一度もなかった。顎で使われても使うことなんてなかったのだ。夜の世界の華美な格好をした女性が、僕の意向を一言一句聞き漏らさないよう見入っている。何も嬉しいことなんてなくて、ただただストレスでしかなかった。

そしてよりにもよって僕は、従業員の一人に心を奪われつつあった。

「こんばんはオーナー」
「今日はゆっくりしていかれるんですか?」
「こんばんは。ご機嫌はいかがですか?」

敬うような言葉が次々届けられる。僕は、そのうちの一人に歩み寄り、こっそり耳打ちをする。

「あのさ、もしその、あれだったら、無理して働きに来なくていいよ」
「……どういうことですか?」
「さっきロッカールームで、君が男の人の写真を見てるのに気付いてね」
「あの、それは……」
「故郷に婚約者でもいるんだろ。残りの返済は無しでいい。これまで稼いだ分で足りるんなら、それに、今そんなに寂しいんなら、すぐにでも国に帰っていい。そういう許可だ」
「…………」

心を奪われることも返済をふいにすることも、雇用主としては完全に失格だろう。恋人のところへ帰らせるような態度も、男としてあまりに気概がないのかも知れない。

(向いてねえよなあ)

おとなしく経理でも続けていれば良かったかも知れない。こんな夜の店には、客として何ヶ月かに一回訪れるくらいでも良かったのかも知れない。これからのことを、兄と相談する必要もあるだろう。

「いいよ、まずその彼に電話でもしてやりなよ」
「はい、ありがとうございます」

彼女はロッカールームに戻り、携帯電話をバッグから取り出す。故郷の言葉で、嬉々として話すのが聞こえる。これで良かったのか良くなかったのか、わからないが、ため息は後を絶たない。

『もしもし、私……明日にでも帰ることにするわ。あなたの写真を見てたら恋人と勘違いしたみたい、何か気をきかせてくれて。本当は弟だなんて言わないわよ、オーナーの気が変わりでもしたらどうするの』

彼女がロッカールームから出てくる。今晩が最後の接客になるだろうか。夜の月明かり、華やかな女性たち、誰がどこにいようと、店は今日もにぎわう。

Fin.

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.