monologue : Same Old Story.

Same Old Story

陽の当たるところ

背後から声をかけられて、背の高い男はゆっくりと振り向いた。数メートル先には、よく見覚えのある眼鏡の男が立っていた。

「何の用だ」
「わかってるんだろ」

陽が落ちて数時間は経ち、路地には人影もほとんど見えない。これから一雨降るのか、辺りには湿った空気が充満している。

「昼間も話したはずだ」
「お前だって、こういうところの方が本音を話しやすいだろう」

街灯と街灯の合間に、ほとんど先の見えない空間が潜む。背の高い方の男が、もう一人の男へ向けてよく目を凝らす。声をかけられたときには一人のように思えたが、その背後の暗闇から応援が現れて、どうやら三人組でこちらを窺っているらしい。

「本音なんてないさ、答えた通りだ」
「いや、違うね。違う」

三人組の真ん中の男は、眼鏡を押し上げながら言った。

「お前に堅気なんて向いてない。無理だ。陽の当たるところじゃ暮らせないんだ」

眼鏡の男が、何か小さな金属片のようなものを投げる。背の高い男の足元に転がったそれは、古ぼけた勲章のようだった。

「捨てたんだよ、これは」

貧困街を牛耳り、競技賭博を密かに取り仕切り、時には政治家の御用を聞き、誰かを手にかけることもする。小さな古い勲章のようなものは、非合法を絵に描いたような地下組織の一員の証しだった。

「捨てようったって捨てられるもんじゃないのさ」
「……何度でも捨てるさ、もう要らないんだ」
「他に守るものができたから、家族がいれば要らない、っていうのか?」

眼鏡の男が、一段と険しい眼差しで睨みつける。街灯の光が届かない薄暗い空気の中でも、それはまっすぐに相手を突き刺すほど、鋭い武器のようでもあった。背の高い男は、たじろぐこともなく応えた。

「そうだ。お前らを家族と思ったこともあったけど、今はそうじゃない。本当の家族がいれば、僕は陽の当たるところでも暮らせる。自分に証明してやるつもりでいるんだよ」
「馬鹿を言うんじゃない。戻れよ、俺と組んでまた仕事をするんだよ」
「守るものができれば、奪うものの立場には戻れない。知ってしまったからな」

眼鏡の男が天を仰ぎ、ため息をつく。両脇を抱える男たちは何も言わない。

「守るものができて奪う側をやめる、か。身勝手なことだな」
「好きに言えよ」
「じゃあ、俺がお前をこっち側に引き戻してやる。お前の守るものを、家族を、俺が奪ってやろう」
「……何だと」

背の高い男の、周りの空気が張り詰める。

「俺が奪ってやる。俺はいつだってこっち側だ。お前だってこっち側なんだよ。余計なものに縛られて動けなくなるんなら、俺がそれを取り除いてやるっていうんだ。俺とお前で、またひとつ大きな仕事をしてやろう」
「……馬鹿言えよ」
「馬鹿なもんか、本当はお前も俺を待ってたんだろう。俺から誘いを受けて、内心踊っているはずだ。お前が堅気でやっていけないことくらい、一番よく知ってるのは俺だからな。お前の殺しの技ときたら、まるで芸術の」
「確かに」

一瞬、微かな破裂音と空気の突き抜ける音。三人組の両脇が静かに倒れ、続いて眼鏡の男が膝から崩れ落ちる。

「……どういう……」
「確かに、僕には堅気は無理かも知れないな。でもいいんだよ、守るものがあればいいんだ。奪わなければ、守ればいいんだ」
「俺を、殺してもか……」

背の高い男が、鼻を鳴らす。

「僕のことを一番知っていたのはお前だろう。奪わなければ、守れればいいんだ。堅気かどうかなんて、そんなこと」

古ぼけた勲章を親指で弾き上げ、床に落ちたそれを静かに踏み潰す。倒れた三人組に一瞥もくれず、男は歩いて暗闇に溶けていった。

Fin.

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