monologue : Same Old Story.

Same Old Story

残像に暁光

辺り一面の白。にじむように少しずつ、物事が輪郭や色合いを与えられ、取り戻していく。動くものと動かないもの、音をたてるもの、たてないもの。少しずつ、世界が復元されていく。

「おい、おい!」

遠くから声が聞こえる。どうやら僕は今、道路の上にいるらしい。自分の体勢がどうなっているのかを、ようやく認識する。目の前、一面のアスファルトにへばりついて、くずおれている。

「大丈夫か!」

遠くの声は男性らしい。少しずつ、大きな声以外の音も聞こえるようになる。男性が呼びかける声、どこか遠くでざわつく声、悲鳴のような声、何かが壊れる音、何かが割れる音、小さな、擦れるような音。吐き気がする。

「おい、大丈夫か」
「……ああ、ああ」

言葉にならない。体験したことはないけれど、何かとんでもなく大きなものに打ちのめされたように、体中がいうことを聞かない。声がうまく出せないことに気付いたとき、息をするのも精いっぱいだということにも気付く。気を緩めると呼吸が止まってしまいそうなことが認識されて、僕は焦って目いっぱい息を吸い込む。

「落ち着け、大丈夫、大丈夫だ」

男性が歩み寄ってきたようだ。僕の肩に手を触れたようだが、彼の手だと何となくわかるそれは、温度を持った棒状の何か、というような感触を与える。彼がおかしなことをしているのでなければ、僕の体が正常な感覚を失っているのだろう。

「落ち着いて、深呼吸だ」

彼の言う通り、深呼吸を試みる。頭がずきずきして、何かを思い出そうとするとさらに激しい頭痛を伴う。どうして自分がここに倒れているのか、思い出せない。一体、この状況はどうなっている?

「どうなったんだ、これは?」

僕の心を読んだかのように彼が言い、はっとなって僕は顔をあげる。僕の肩に手を置く男、彼が傍らに立っている。

「どうなったんだ……」

茫然と立っている。僕は辺りを見渡す。道路にうずくまっている僕から数メートルのところに、焼け焦げて鉄くずのようになった自動車が停まっている。少し向こうに一台、もう一台。道路脇にはいくつか小売店のようなものが並んでいるが、そのうちのいくつかは激しく損傷している。大きな火災に遭った後のように、店先のガラスはすっかりなくなり、店の看板は溶けて読めなくなり、床には何かの黒焦げになったくずと、種火のように小さな炎があちらこちらで揺らめいている。

「一体」

傍らに立つ彼を見る。彼の衣服は、一部が煤と血のような汚れに染まっていた。しかしそれは彼の血ではないように見えて、血痕の激しい方へ視線をやって辿ると、それは彼の右腕、僕の肩に置かれた手に続いていた。

「大丈夫、すぐに助けが来るからな」

彼の腕は湿気のある温度のようで、僕は、その血が自分のもので、自分の身体が感覚を失うほど出血しているのだと判った。肩と、他にどこか……ゆっくりと自分の身体をさすって確かめる。足はある、腕もある、腹に穴も開いていない。全身が軋むように痛む。遠くの割れるような音は、どこかのガラスが崩れる音らしい。擦れるような音が続き、火の手が上がっていることが判る。

「お前、何か見ていないか?」

彼が僕を覗き込む。僕は腹に穴が空いていないのと同時に、巻き付けられたベルトのようなものに気が付いた。いくつか機械のようなものが付いていて、はっと気が付く。まるでこれは、自爆じゃないか。無差別殺人か政治的な抗議活動か、とにかく、映画やドラマで見たようなそれと、状況が似ているような気がする。僕自身が犯人なのか巻き込まれたわからないが、何かそんな気がしてならなかった。

「おい、それは……」

言い切る前に彼の顔が青ざめ、途端に走り出して行ってしまった。彼もこのベルトに気が付いたのか。声をかけようと絞り出すが、言葉にはならなかった。

「離れろ、離れるんだ!」

やがて悲鳴もすすり泣きも聞こえなくなった。崩れる音、割れる音。僕はどうして自分がここにいるのかわからないが、その前のこともどうにも思い出せない。爆発か何かの衝撃で記憶がないのか。果たして、まだ残っているこのベルトの機械を使って、もう一度何かしでかすべきだろうか。それが僕の信念だったなら貫くべきという気もするが、思い出せないことのために全部投げ打ってしまうのも馬鹿馬鹿しいように思われた。とはいえ、このままじっとしていて元気になる身体でもないだろう。

「…………」

風がごう、と吹く。あちらこちらの火種が消えるのが先か、僕の命が消えるのが先か。

Fin.

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