monologue : Same Old Story.

Same Old Story

職業人

「もう限界だ」

長く沈黙が続いていたが、初老の男が一人立ち上がり、バスの運転席へ向けてつかつかと歩んだ。

「おい、ドアを開けろ」
「できません」

運転手は息もつかせず、さっきと同じ否定の言葉を繰り返した。初老の男は一瞬ひるんだように見えたが、負けじと運転手に言い返す。

「いや、限界だ。こんなところへ閉じ込められてもうどれくらいになる?」
「二時間とちょっとです」
「……お前、よく平気でいられるな。頭がおかしいんじゃないのか」
「職務放棄というわけにはいきません」

バスが長い長いトンネルへ入り込んで数十秒、突然襲った大きな振動と轟音。すぐに辺りは暗闇に包まれ、どうやら僕ら、この運転手と乗客数十名は、トンネルの中へ閉じ込められてしまったようだった。外からの光はおろか、トンネルの照明すらどこにも見当たらない。

「職務だと。そんなものはいいからドアを開けろ」
「できません」
「……一体どうだというんだ」
「職務規定にあるため、乗客を危険な区域へむやみに降ろせないことになっています」

初老の男は鼻で笑う。バスの車内のどこかから、かすかにため息が聞こえる。

「……いいか、ここに閉じ込められたままもう二時間だ。湿気、温度、もう限界だ。バスを降りて出口を探す」
「そういうわけにはいきません」
「お前の仕事感なんてどうでもいいんだ。こんなところに閉じ込められたままだとおかしくなってしまう」
「外は危険です」

再び初老の男が息を飲む間に、矢継ぎ早に運転手が言う。

「トンネルの電源が落ちているということは、敷設ケーブルに破損があった可能性があります。この湿度ですから、トンネル近くの地盤から水が出ている可能性もあります。うかつに外へ出れば数十万ボルトの水たまりに足を踏み入れる可能性があります」
「数十……」
「湿度と温度からすると、大規模な崩落の可能性もあります。もちろん地盤がもろくなっていれば再崩落の可能性があり、まず外はとても歩けた状態ではないでしょう。何か有害なガスが発生している可能性もあります」
「……」
「危険な区域へむやみに降ろせないことに、なっているのです」

初老の男は諦め、ゆっくりと振り返り、元の座席へ歩み始めた。途中で思い出したように振り返り、運転手へ問いかける。

「……ついでにもうひとつ教えてもらえるか」
「何でしょう」
「こういうとき、お前の会社の体制はどうなってるんだ」

運転手が振り返らずに言う。

「通常は緊急無線で連絡があり、少なくとも一時間以内には救助開始しています」
「じゃあ、それはあとどれくらいかかるんだ」
「わかりません。救助自体開始していない可能性があります」

運転手が無線を受けたところは、誰も見ていない。

「……いつ無線は来るんだ」
「来ないかも知れません。一番助かったのは我々で、トンネルの外はもっとひどい状況、という可能性があります」

しばらくの沈黙の後、絞り出すように言う。

「……笑えない冗談はやめてくれ」
「冗談ではありません。職務規定上、虚偽と不真面目、不謹慎な発言はしてはいけないことになっています」

再び車内に沈黙が訪れる。自分たちが、トンネルの闇の中へ溶けていくような感覚。

Fin.

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