monologue : Same Old Story.

Same Old Story

これまでのはなし

「それで、その後はどうかね」
「あの、なんとも」

白衣を着た初老の男性の隣に助手らしき女性が立ち、手元のクリップボードに挟まれた書類をぱらぱらとめくっている。寝台に腰掛けた若い男は、半ば畏怖のような表情を浮かべて質問に応える。

「何か、思い出したことは?」
「その、あんまり」

助手のような女性が書類を一枚めくり取り、白衣の男に手渡す。白衣の男は顎をさすりながら、もっともらしくそれを読み上げる。

「記憶障害、ね……稀なもの、というわけではないんだが」

寝台の男は不安の色を隠さず、白衣の男に質問を投げ掛ける。

「あの、先生」

一呼吸おいて、白衣の男が応える。

「うん?」
「なんだか、おかしな感覚がするんです。記憶障害というのも、どこかあるときから以前がわからないのではなくて、どんどん忘れ続けているような気がするんです。僕は、ここへ来てどのくらい経つのですか?」
「ふむ……」

しばらく思案するように顎をさすっていたが、また少しもったいぶった様子で話し始める。

「記憶にも覚える機能と保つ機能があってだね、例えば昔のことを思い出すことと、新しいことを覚えることでは……」

そのとき部屋の外を、人ひとりくらいの機械が台車に乗せられて横切った。寝台の男は、少しの頭痛をおぼえながら、うめくように言った。

「……あの機械には見覚えが……」
「ん、神経刺激装置のことか。ここへ来てから、君も目にすることがあったろう。記憶力は君が心配するほど悪くないかもしれんな」

はあ、と生返事を返す男をおいて、二人は彼の部屋を去った。

「通電装置を覚えているな」
「短期記憶は回復しつつあるようですね」

部屋を離れエレベーターに乗りわずかワンフロア移動すると、辺りの様子は、それまでの病院風の外観から研究施設のような無機質で暗いものへと変わっていた。白衣の男に女が言う。

「健忘指数を高めますか」
「そうだな。彼にはもう少し忘れてもらった方がいいだろう」

手元のクリップボードへ書き付ける。薬、増量、記憶消去。顔をそこへ向けたまま、女が言う。

「博士、彼は」
「どうした」
「いったい何を忘れにきたのでしょうね」
「さあな、知らんよ。人生をふいにしたいほど辛いことでもあったんだろう。依頼者の詮索はしない、私の仕事は忘れさせることだ」
「はい」
「彼が何者かも知らんし目標も知らんが、過去の彼が望んだ通り忘れ続けさせることだけが、私にできることだ」

二人の姿は薄暗い廊下の向こうへ滲んでゆき、やがて足音も聞こえなくなる。

Fin.

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